夢のガレージ2

あれから多少の出入りがあった。モンスター900にブロンコ、KSRⅡにグロム。モトクロッサーと言えば、今では高嶺の花のKTM、そのミニモトも、このコンクリートの上にあった。そこから紆余曲折、モトグッチのV7Ⅱと、モトクロッサー2台が納まって、もう一台のモトクロッサーはトランポの中、もう一台の市販車トリッカーXG250は、カーポートに下で、黒いバイクカバーの中に居る。はたしてこれが求めていたライフなのだろうか。

もちろんバイクは好きだ。そう、バイクが好きなのだ、オンだオフだという前に、バイクが好きで、ここまで乗り続けている。その始め、ヤマハの2サイクルに乗っていた学生時代は、その一台をとことん愛して、時に6畳とキッチンにユニットバスが付いたアパートに、無理矢理突っ込んで、ガソリン臭い部屋で一緒に寝ていたもの。今、こうして、カオスなガレージを眺めると・・・・・・あの日の一途さに、思いが至る。最後に一台残すとすれば・・・・・・どれなのだろう。

夢のガレージ

注文住宅と言うには畏れ多いけれど、我が家は、施工する工務店に素人丸出しの図面を渡して、思いの間取りを実現してもらっている、だから、扉の場所や開き、窓の配置など、多少何難ある造りになってしまった。まあ、車と違って家の場合、そうそう買い替えるわけにもいかず、リフォームという名の元で、少々の手直しをするだけ。それで満足しなければいけないのは、もう稼ぎが見込めない歳ゆえ・・・・・・哀しいかな。

そんな我が家の1階、北西の角は、本来ならば和室となるところを、同い年だった工務店の社長に無理を聞いてもらって、コンクリート打ちっぱなしの土間になっている。そこには、モトグッチと2台のモトクロッサーが格納されていて・・・・・・いわゆる「ガレージ」で、新築の頃は、ここに、ヤマハのVツイン、SRV250と、同じヤマハのトレッキングバイク、セロー225が大人しく詰め込まれていた。それが今ではどうだ、外にもあふれる有様である。

デジャヴ

GoPro用に256GBのメモリーカードをポチって、ようやく落ち着いた。広告の裏に記したタスクリストは、ついに消えることなく・・・・・・涼やかに宵が迫る。やり遂げた感じのしない日は、何か忘れ物をした気分になって、それを夜半まで引きずることになる。ただ、中途半端ながらも、庭の草をむしり、眼鏡のレンズを換えてもらい、里帰りしている従姉に会いに行った。そうして思えば、なかなかに充実した日に思えてくる。

期せずして、テレビプログラムは、北海道のバイク旅。電動の原付では比べるまでもないが、この六月に走った景色が映し出されると、不思議と気持ちが高ぶって、思わず声が出る。美深の定宿を、しかし、その一団は通り過ぎて・・・・・・まだ知らない、天塩川の温泉に浸かっていた。できれば隣接するキャンプ場を見せてもらいたかったけれど、それは叶わず・・・・・・だから、来月の密かな楽しみになった。

宗谷を目指す旅に、つかの間、デジャヴを味わい、音威子府から先の来週に、興味は尽きない。

物欲

このところの物欲といったら・・・・・・自分でも引いてしまうほど。それも、バイクに関するものばかりじゃない。壊れた冷蔵庫の「つなぎ役」を期待する車載冷蔵庫に、シルバーウィークのキャンプで使えるテーブルとイス、V7Ⅱのハンドルバーに搭載される予定のアクションカメラ。それぞれが、それぞれに活躍する場面を思い描いて、スマホに映る「ボタン」をクリックし続けた。それが、ひとつひとつ届き始めると、またその欲が、湧いてくる。

でも、そうそう欲を満たす力もなくて・・・・・・「あとで買う」と、オンラインショップのカートに、いろいろと置き去りにして、リアルにはたと戻ってくる。穏やかな三日間で、ラップトップを睨みつけることもなく、静かにその画面を閉じる。そこから先は、いつもの週末。このところの雷雨で、モトクロスはお預け。天気も不安定となれば、スマホの画面をスクロールしてまた、何やら買い求めるやもしれぬ。そうならないように明日、とりあえずガレージに入ろうと思っている。

ネロだよ#

やっと帰ってきてくれたの。ワタシは、かすかにその姿を網膜に映すと、前と後ろの脚にありったけの力を込めて、立ち上がる。濃い褐色が、その足下を掬うようにするから、なかなか歩いて近づけない。そんなワタシを、膝を折って、体をかがめて、覗う姿。懐かしい匂いもする。ワタシたち犬族には一日千秋、どれほど待ったことでしょう・・・・・・「ネロ、ただいま」と、小さなくぐもった声が、不思議とこの老いた耳に届いた。ワタシは、顔を向けることしかできなかった。

わずか四日、されど四日。人族の言葉を借りれば、そういったところ。ワタシは、この瞬間を待ちわびて・・・・・・ただ、その瞬間が永遠に来ることはないのではないかと心をざわつかせ、それでも信じて・・・・・・。ようやく思いが報われた。ワタシの瞳はもう、この人しか捉えることができないのかもしれない。すぐに頭を撫でるように近づいてきた匂いの主は、お父さん。ワタシをこの家に連れてきてからずっと、傍に居てくれる人。

26夏、能登#

舗道から車道に向かって傾げる電信柱。誰も居ない草野球のスタジアム。途中から折れたまま置き去りにされている案内標識。二年の時間が電柱を屹立させ、揃いのユニフォームを着た少年野球のチームが整列し、その傍らに白が眩しい標識が真っ直ぐに立てられた。行き交う四輪を妨げるパイロンも姿を消して、アスファルトも平らになり、市道にも往来が戻ってきている。そこから国道に出ると、そこからは何も感じ取れなくなっていた。
暦の並びが良いと言えばそう、一日仕事を休めば、四日の時間が手に入る。世の多くの人が同じことを思っているであろう「夏季休暇」の前半は、この地にも近づいてくる台風を前に、つかの間の夏空を広げていて、ファミリーを詰め込んだ四輪の間に、ライダーの操るさまざまなタイプのマシンが賑やかだ。今では「ヤエー」と呼ばれる、ライダーにしかわからないコミュニケーションも、その空の下で咲き誇る。来年は・・・・・・その輪に入りたいもの。

26夏、能登#

二日を能登で過ごして、馴染みのホテルをチェックアウト。まっすぐ帰るにはまだ、太陽が空高く青い空の中にあって、その光がアスファルトに照り返している。ただ、駐車場から左に下りてすぐの海岸線は、遠く、東の洋上からゆっくりと近づいてくる台風に備えるように、朝から案内板が、「通行不可」の赤文字に切り替わっていた。それでも、このままその台風に向かうようにハンドルを切るのは、どうにも躊躇われ、その半島を少しだけ北に上がってから・・・・・・ようやく折り返す。しかし、来た道をそっくりリバースするのは、どうにも好きになれない。行きに通った県道の北を走る国道で氷見から高岡。小杉で北陸道に乗るのは仕方なく、それでも魚津で下りて浜焼きを尋ねて、再び親不知から高速を走り、上越からはまた、少しだけ行きと違うルートを辿って、台風の端に包まれつつある越後湯沢に。反時計回りに渦巻く大きな扇のひとつから、煙るように雨が降り出したのは、関越道に上ってすぐのことだった。