2020-01-01から1年間の記事一覧

二代目

「社会人らしく」と手にした4ストロークのパラ4は、その強烈なエンジンブレーキと「タマ」の重さを記憶に焼き付けて、短いやりとりといくつかの思い出を残してくれただけだった。今となっては、その最後も思い出せない。そして、流行りのレーサーレプリカ…

異邦人

九月の彼岸を過ぎて、秋が風に舞ったのはつかの間だった。今朝は早くから夏の名残が空に上り、ギラッとした光をフロントウインドウに射し入れてくる。冷めた空気に満ちていたはずの車内が、少しずつ季節をさかのぼり、黒いシャツを羽織ってきたことをゆっく…

五月の夏 5

いくつかのコーナーを過ぎて、短いフラットな直線が現れた。それでもセンターは黄色いまま、登坂車線もゆずりあいのスペースもない。反射的に対向車線へ出ようとする車体を、理性がためらい引き戻す。一気に詰まるトレーラーの鈍色。その黒ずんだコンテナが…

五月の夏 4

どこか近くの山に採石場でもあるのだろう、路肩と車線を分かつ白線が、砂利で茶色く汚されている。アスファルトに散らばったその欠片を、19インチのフロントタイヤが、いきなり踏みつけた。身構える間もなくリヤが左に流れ、車体が深くバンクする。短絡した…

五月の夏 3

シグナルは赤。相手がRuote 254だからか、県境を越える橋詰だからか・・・・・・それまでの車線が、そこだけ三つに拡がっている。右折を待つ車を避けるようにして白いセダンが一台、左折のレーンにブレーキを合わせた。白くまっすぐな矢印からゴーグルレンズへと、…

五月の夏 2

XG250。「Tricker」の名が付けられた、この249ccのヤマハは、高速移動があまり得意じゃない。それを駆る初老のライダーに、もちろんトリックをメイクするほどの腕もない。ただ、法定速度を少しだけ上回る辺りで流すには、これほど都合よくできたマシンもめず…

五月の夏

五月、晦日。まっすぐ遠くのシグナルが赤に変わったのとほとんど同時に右手を返して、左手がクラッチレバーを握り込む。バックミラーに映るのは、軌跡のように走るイエローのラインだけ。田圃を突き抜けるアスファルトには、誰も居ない。 信号待ち、風が止ま…

雨音が鳴る

ウェアハウスで買ったレインポンチョ。薄手の迷彩はグレーベースで、2枚セットの割引価格だった。もうひとつはあまり使われることもなく、新しくなったトランポでも隅に押し込まれたまま。その片割れを、ひさしぶりにシューズラックの棚から引っ張り出した。…

コツメちゃん

丸く切りそろえた小さな爪先が、黒い画面にカツカツと音を立てている。振り返ると、右と左の親指を自在に動かしながら、真ん中のスマホに文字を打ち込む女性が一人。淡い桜色をしたコートの背を常磐線の扉にもたれかけて、黒いタイツを足下から細いつま先と…

56回目の誕生日に

これほどの騒ぎになるとは思いもせずに...気づけば辺りは戦々恐々、疑心暗鬼の毎日で、弥生の空も今日はすっかり濡れそぼつ。あの震災を思い出しながら、東京駅の階段を上り下りて、一夜の宿へと濡れ急ぐ。オリンピック生まれがもう一度オリンピックを感じら…

ありがとう、Yellow GROM

ryの小さな体をそのコンパクトな車体で北の大地まで運んで、ぐるりと巡った黄色いマシンが、手に入れたところまで帰っていった。それももう、5年前のことになる。大した思い出を刻むことはなかった125ccは、それでもori-chanと初めてのツーリングに出かけて…

トモダチ

2019.11.10。 もうどこをどう走ったのか、肌を触る空気の感触すら残っていない・・・・・・。 KISSよろしく、このままEND OF THE ROADになりそうなところを、救ってくれたのはトモダチ。弥生を思わせる穏やかな温もりと、乾きすぎていない路面。程良い台数に、昔な…

逡巡

二月ぶりに稲敷のホームコースで、思う存分、泥にまみれるはずだったのに・・・・・・家を出て5分もしないうちに、その初春の気分は一気にしぼんでしまった。反対車線の縁石にフロントホイールがノーブレーキで激突、一瞬横転を覚悟したほどの衝撃は、愛機を載せた…

10の誓い

学童の頃ならいざ知らず、半世紀も生きた年寄りが、年甲斐もなく誓いを立てた。それも十もだ。 社会人になって目標を宣言させられて、コミットメントさせられて・・・・・・いつしか部下にも同じことを強いて・・・・・・。でも、それも三つが相場。十も誓うのは、初めて…

光秀の定理

定理。三省堂によれば、「公理・定義によって証明される、一定の理論」らしい。一定の理論、すなわち一理であり、理。この小説の縦を紡ぐのが、この「理」だ。 情景を描くのも洒脱で、永禄、天正の御代が蘇る。読後の清涼感は、ひさしぶりに良書に出会えた気…

ノーサイド・ゲーム

昨年、令和元年に話題となり、視聴率も指折りのドラマだ。年始の今日、最終回が再放送されて、思わず見入ってしまった。大泉洋演じる君島が最後に浜畑を抱きしめる場面に・・・・・・気づけば画面が滲んでいた・・・・・・。 思えば50を越えて、だいぶ涙腺も緩くなった…

明日こそは

青が霞んで見えるほど、温い午後。三線を爪弾く左手がたどたどしい正月三日も終わり、今年になって初めて、ガレージを開けて、愛機に手を延ばす。もう二月、この125ccには乗れていない。 今宵、関東には、雪混じりの雨が降るという。願わくは稲敷には、お湿…

Psycho Circus

この曲のイントロを聴いた時の、あの時の真っ白な自分を思い出す。 今から19年前、思えば小学生だったryoに「父の古くからの友人がアメリカから来るので早退させてください」と言わせ東京ドームへ向かったその時、中盤を盛り上げたのがPsycho Circus、この曲…

2020

こたつの上にお取り寄せの重が広がり、中トロとハマチの刺身が並んで、雑煮に御神酒代わりの泡盛がロックで注がれる。梅酒を飲み過ぎたkeiが寝息をたて、二杯目をすする私とのその間に、ネロが丸くなる。遺影のシロに乾杯をしていると、北のryoから仕事に行…