2019-01-01から1年間の記事一覧

アノ夜ニ、サヨナラ

明けの三日月が藍色の空に白く傷を付けている。ネロが何度も何度も、後ろを振り返る。そのたびに体を引かれて、かざした右の手のひらの中、スマホのレンズは焦点が合わず、小さな被写を仰ぐ林の静けさは、うっすらとにじんだまま。あきらめて歩き出す黒い小…

「相棒」

「ジクサーの250がもう少し華奢だったら・・・・・・コイツを選んだことをきっと後悔したに違いない」。年代物のラパイドのなかでうそぶきながら、速度計の針が真上を越していかないように、右手を落ち着かせて走る。 SOHC2バルブ、空冷の旧式な4ストロークに今時…

あの思い、再び。

パドックで手を抜く自分を呪い、低く短いテーブルに向かってまた、左の人差し指が動く。 斜面にかかってようやく、軽く引かれたクラッチレバーに2スト85ccが吹け上がり、リヤタイヤが勢いエッジを蹴りつける。そのままフロントタイヤは天を仰ぎ、RM85Lの黄色…

男のプライドは

あっさりとひび割れる。それも、修復できないほどに深く。 フランスのエスプリと、先の大戦と殖民地支配のヴァニティの詰まった『アマン』を読み終えて、通勤バッグに近藤史恵の小説をしまい込む。自転車のロードレースを舞台にした代表作ではなくて、選んだ…

今からまた

Facebookを終わりにした。 元々ryoがここを離れて、遠く北海道に暮らすことが決まったから、互いの近況をさりげなく伝え合う手立てとして始めたツールだ。それまで消極的、どちらかと言えば否定的だったSNSの雄に手を出したのは、自分の過去ともつながりたか…

初夏の候

雲が消えてなくなり、淡い青の空からは、見えない光が強く降り下りて、濃い影を残していく。「紫外線に気をつけなければいけない」と、見覚えのある天気予報士が真顔で伝えるその横で、アシスタントの女の子が、「洗濯物はよく乾きます、2回できます」と笑う…

晩春の候

風が足下を撫でつけていく。空は鈍色にぼやけて、通りを往くワゴン車が車体を揺らして、重たそうにアスファルトを抜けていく。ベビーカーを押し歩く姿が、車道とは反対側、南欧を思わせる造りをした家の壁に寄り添うのは、きっと夕べのTVニュースのせいかも…

ついてない

いつもこうだ。 大きくうなずき気持ちを入れて、始業時間に間に合うように乗り込んだはず電車は、途中の駅で完全に止まってしまった。この先、終着駅付近での設備停電が、その理由。「運転見合わせ」と、気が遠くなるほどの「運転再開見込み時間」。そして、…

この日僕は

途切れてしまった糸を繋ぐことはもう、できなかった。 「ラスト1周」のボードをくぐり抜けて、ホームストレートエンド。第1コーナーを苦手なインサイドに寄せ付けて、右へと折り返す。直前に撒かれた散水の痕が立ち上がる直線へと孤を描き、うっかり右手を開…

那須の夜

晴れた冬の夜。窓の闇に星が瞬いて、高原が冷たく沈んでいる。 ホテルのロビーには、夕餉をすませた泊まり客が何組も集まり、ベロア調の椅子に深く腰を下ろしてグラスで唇を濡らしながら、僕の知らない英語の歌を口ずさんでいる。チェックインの時には気づか…

小さな冬旅~続き

空冷4ストロークのシングルエンジンは、シリンダーがフロントタイヤへと倒されていて、その様から水平型と呼ばれている。小排気量車に多いレイアウトは、シリンダーの立ち上がった垂直タイプに比べると、どこか心許なく、頼りなさげに映る。走行風が直接シリ…

小さな冬旅

ユニクロの暖パンも一時間だった。 風のない、穏やかに光る昼下がり。彼の非力な4ストロークは、125cc分の混合気を規則正しく吸い込んでは吐き出して、ひとつひとつ、土手の上のアスファルトにこぼして走る。時々、フロントタイヤの巻き上げた小砂利がフェン…

或る日の母子の事情

右から左から、ひっきりなしに行き交う車のわずかな隙間をめがけて、真っ赤なランドセルが押し出された。勢い駆け出した小さな体が、通りを渡り終わってすぐ、右手を高くかざしながら後ろを振り返る。その瞳には、冬の朝のやわらかな光を浴びて、肩の先に垂…