淡い光の中で

5分遅れて、事務所の扉に手をかける。東武公を8時14分に出る“快速”のおかげで、大きな遅れを出すことなく、日暮里に到着だ。電子鍵の暗証番号を入力している間に、中から笑い声が漏れてきた。白い扉を押し開けて、耳に入ったのは・・・期待していた話ではなく、病院食の手抜き具合についてだった。来週から入院する妊婦さんを囲んで、女性三人が盛り上がっていたらしい。窓の外は明るい曇り空。東に向かって視界の開けないここからは、丸くて可愛い光の円は、どうしたって見えっこない。

g-shockの盤面よりも、もっと小さくて・・・子どもの頃に遊んだ「ろうメン」とどっこい、どっこい。肉眼で見る太陽の輪郭は、思った以上に小さく、丸かった。うっすらと赤みがかったその真円が、右上の端から、逆光で真っ黒になった月にゆっくりと浸食されていく。7時30分を過ぎて、下のリビングから、テレビアナウンサーのカウントダウンが聞こえてきた。すぐに「ワアッ」と小さなどよめきがryoの部屋まで上がってきたと思ったら・・・視界の中で、細く小さな光の輪ができあがってきた。最初で最後の「金環食」・・・ここでもやはり「ワアッ」と小さく声を上げてしまった。

“環”のした、左端が月に隠されたのを見て、ようやく家を出る。外は明るいのか暗いのか、よくわからない光に包まれていた。電柱や建物、そして、自分の足下。しっかりした影が映っているのに、夕暮れ時に夕立でも来そうな色しかない。過去に舞い戻ってしまった錯覚は映像手法に麻痺させられているからだろうけど、どこかなつかしい匂いがする。路地のずっと向こう、淡い光の中に、幼い頃の自分が見える気がした。クルマのタイヤが半分埋められて、ぐるっと一回りしている公園で、“カタ屋”のおじさんと話している小学生の自分が・・・。