reverseな朝

“ZIP!”は正しかった。「北春日部駅構内で発生した保守装置故障のため」・・・伊勢崎線は、上り電車も下り電車も、運転を見合わせているらしい。音量を上げ過ぎているのか、せっかくの女性職員の柔らかな声は、スピーカーで割れてしまって、よく聞き取れない。春日部駅まで出られれば、その先は動いているようだけど・・・手立てがない。“保守装置”と言っても信号機のことだから、「すぐに動き出す」と、コンコースにある本屋に入って、うろうろと歩き始める。平積の文庫本をひとつひとつ見て回っても、ホームに入らない人が改札の前に増えるだけで、何も変わる気配がない。狭い店内で文庫本を飾る棚は3列、その最後の列から、折り返し始めたときだった・・・。

南栗橋行きの下り電車が一本だけ、これから動くと言う。傍にいた男が「・・・を交換するらしいから、全然動かないと思う」と、携帯に向かってこぼしている。“前”に行くにも“後”へ行くにも、この電車を逃すと、ここから動けないままだ。三度目のアナウンスを“催促代わり”に聞いて、本屋を出ると、改札に急ぐ。駅員が話す経路はこうだ。南栗橋行きの電車に乗り、終点の南栗橋で新栃木行きに乗り換えて一駅、栗橋駅東武線からJR線へ・・・そこからはJR宇都宮線に乗って、ようやく向かうべき方角に進むことになる。いったいどのくらい遠回りになるのか?味わってみるのも悪くはない・・・すぐ目の前ではしゃぐ高校生の三人組と似た気分が見つからないように、ちょっと視線を落として、シートに深く座って発車を待つ。田園都市線の真新しい車両は、アルミ地に橙色の帯をまとい、内側も床や天井、ドアが淡い灰色で統一されていて、清楚な印象。ただ、イスを埋めた黒いスーツ姿のサラリーマンが、伏し目がちにしているだけで、その灰色が濃く映ってしまう。

南栗橋までは二駅。最初の停車駅、杉戸高野台駅のホームには、浅草行きの特急“スペーシア”が、数えるほどの乗客を乗せたまま停まっている。窓際に置かれているのはお茶のペットボトルだろうか?緑色のラベルが遠くからはっきりと見える。向きが反対の車両なら・・・きっと紅葉狩りを楽しみにした人たちで賑わっていたはずだ。いつもより長めに停車してから、幸手駅に向かい、銀色の車体がゆっくりとホームを後にしていく。旧国道4号線沿いを北へと走る車両は、“目的地”から逆方向に離れていくばかり。自動車の販売会社や広い駐車場を抱えたスーパーマーケット。いつもクルマの運転席から眺めているから、見慣れているはずなのに・・・見る角度も距離も違えば、どこか旅先で出会った風景のように、左から右へと流れていく。仕事場から遠ざかっていく体に、心も付いていってしまったようだ。

初めて降り立った栗橋の駅。出口に向かう長い人の列が、ホームの上に隙間無く続いている。ちょっと進んでは停まって・・・上り階段にさしかかっても、そんな調子。「9時10分には運転を再開できる見込みです」と、機械仕掛けのような男性職員の声が、スピーカーから繰り返されていた。エスカレータからの列が一足早く改札に到着するのを知り、階段の踊り場で不機嫌になる。8時30分に到着してから15分以上掛けて、やっと「振替乗車券」を手に東武線の改札を出て行った。JR線は、普通の逗子行きがちょうど発車したばかり。駅舎の屋根の上に、薄墨を引いたような空がメリハリもなく広がっていた。整列乗車の先頭で当たる風は、季節を先取りしたようで、上着を着込んでいるのに思わず肩をすぼめてしまう。間に通過列車が入ってしまって、寒空の下、少し待たされる羽目に・・・。

風に吹かれて、そこまでの“昂ぶり”が冷めていく中、通過列車のアナウンスが流れてきた。身を乗り出して、ホームの後方を見やると・・・やれた青色の機関車が真っ直ぐ走ってくる。てっきり貨物列車とばかり思っていたら、引っ張ってきたのは、貨物ではなくて客車・・・「北斗星」と白く書かれたエンブレムが近づいてきた。通り過ぎる客車は、さらに青みが強くて、ぬめっとした車体が、重たい金属のぬくもりを伝えている。次の電車は上野行き、この「北斗星」と同じだ。一日一往復の列車の後を追って・・・“日常”への反転が、ようやく始まる。もう一度・・・気分が高まってきた。