激走・三月までの~雨の三十日編~3(完)

シートに座ったままのおかげで、灰色に煙る空が、瞳の中に大きく映り込む。そして、瞳の奥には、8年前の景色がぼわっと広がっていく・・・。

初めてのモトクロス専用コース「MX408」は、初めてのスプリントレースも一緒だった。イバMOTOの前身、「サンデーモトクロス」をデビューに選んで、6月のその日は、今日と同じく朝から雨模様。ryoもワタシも、ちっとも楽しく走れなかった。今のように固くて平らな路面じゃなくて、ところどころ田んぼの中を進んでいくような、ひどい一日。一緒に“スターティングゲート”を飛び出したのは、今ではすっかり仲良くさせてもらっている、uchinoさんとざりままだった。どちらも怖そうな顔していたような、そのくらいしか覚えていないけど・・・KX85-Ⅱ、ryoと同じマシンで雨の中、とびっきりの速さだったのがuchinoさん。眉間に縦ジワを刻み、辺りをにらむように走るざりままは、あの日、CR85を駆っていた。「sayuriさん!?」と、ryoと二人の帰り道、あらためて女性だったことを反芻したのが今でも語り草だ。何も知らずにキャンプ用のファミリーテントをパドックに持ち込み、茶色の雨の中、薄紫色したインナーテントを泥んこにしてしまった・・・今はただ、恥ずかしい思い出のひとつだ。

あれからコースも、ずいぶんやさしくなった。梅雨時の田んぼを思わせるようなマディ、あちこちで埋もれ、白い煙を上げてはマシンが動きを止める――そんな光景は、今ではすっかり見えなくなっている。

ryoのCRF150RⅡは、雨と泥とにやられて、スロットルグリップが空回りし始めた。強めに降り出した雨の下、saitoさんのチェッカーを受けることなく、ワタシもゆっくりとKXからカラダを離していく。machi-sanもざりままも、もう走る気はなさそうだ。冷えたカラダが「湯ったり館」を誘っている――ただの雨の日曜日。来週また、仕切り直ししてしまいそうなくらい、いつもと変わらない“練習”が、今、終わろうとしている。「本日、最終日です!」、コースチラシの裏に刷られたsaitoさんの字が、ふと頭に浮かんだ。「皆さんには、本当にお世話になりました!遠くからご来場いただき、感謝しております!新しいコース早く実現できるように社長と頑張っていますので、心配なさらずに、今しばらくお待ちください」と続く“あいさつ”は、「ありがとうございました!」で結ばれていた・・・。

遠くフィニッシュテーブルの横で、“最後”のチェッカーを振るsaitoさん。その姿は小さく、少しにじんで見えた。「さようならMX408。今までどうもありがとう」と、雨につぶやく・・・雨が降っていてくれて、よかった。