想い出の地に 8(完)

田んぼの脇を抜けてコースへ曲がる狭い入り口には、サビ止めもいい加減な、ただの鉄製の鎖がだらりと掛けられていた。その鎖の前に軽トラを着けて、ryoがイグニッションを手前に回す。エンジン音とともにカーステレオから流れていた音楽が消えて、木々を触る風の音が聞こえてきた。二人して鎖をまたいで中に入ると、辺りは一面、雑草に覆われて、ただの原っぱがひろがっていた。かすかに遠くスネークヒルの頂点だけが、消えずに残り、あの頃を偲ばせているだけ。受付小屋はもちろん、横にあったコンテナや託児所のプレハブ、スピーカーを載せていた電柱、洗車機はそれにつながっていた井戸水の栓まで、何もかも跡形もなく片付けられていて・・・そこに何があったのか、その記憶、それさえ無かったものと均されている。走るみんなを見て、走る姿をみんなに見られて・・・にぎやかだったスネークヒルの下り坂も、今はもう、平らに沈んでいた。

たっぷりの雨水が、ところどころに大きな水たまりを作っては、そこから細く沢のように流れ出ている。それをうまく避けるようにしながら、奥へ奥へと歩いて行く。ぬかるみに足を取られ、サンダル履きのryoが奇声を上げても、その声はすぐに夏の空に吸いこまれ、緑の草の陰からはふたたび蛙の声が返ってくる。二人視線も合わさず、すっかり池の水面とツライチになった土の上を、黙って踏みしめていく。一番奥、入り口から遠く離れた左回りの高速コーナーは、前半分を池の中に落とし、あのフープスもその中に潜り込んでいた。ただひとつ、そこから振り返ったバックストレートだけは、茂る雑草もまばらで、あの頃の面影を強く残していた。大好きだった、そして、全力で走れた最後の瞬間を知っているこの直線は、まるで待ってくれていたかのように、注ぐ陽射しに白く光っていた。

雲間から降りてきた旅客機が、光をちらつかせながら、低くゆっくり空を渡っていく。ゴォーッと音の跳ね返る方へ見上げた空は、去年の夏と少しも変わらず、そこにあった。