まだ見ぬ明日へ 6(完)

<10/13の続き>

なだらかに整地された園地は青々として、水面へゆるやかに落ちている。その真ん中に、キャンバスをヒザに抱えた白髪まじりの女性が、右手で絵筆を突き出して、小さく首を傾げている。彼女の視線をたどるまでもなく、目の前に鏡池が現れ、群青色を広げていた。薄く雲の張った空からは、写真で見ていたような透きとおった陽は射さず、気まぐれに吹き抜ける北風が、冷たく水面を叩いては、ざらざらと細かな波を立てていく。辺りを囲む木々にも、まだしっかりとした緑が残っていて、荒れた鏡面にぐんと深く沈んでいるように映り込み、静けさだけを届けていた。悦楽を満たす色彩はおあずけ。それでも手にしたデジカメや携帯のレンズを、思い思いの角度に据えては池の姿を収めていく人が後を絶たないから・・・やはりここは、ひとつのあこがれで間違いではないらしい。シロとネロが、そんな思いを知ってか知らずか、園地の緑の上を跳ねるように走っていく。

ひとしきり遊ばせてから、来た道をたどり、戸隠まで下りていく。そこから、県道76号線、町道506号線とつないで小布施へと、さらに下っていく。ルートを地図で確認すると、初めて走る道は、器用に曲がりくねっていて、バイク乗りにはたまらない屈曲が平地に出るまで続いている。「浅川ループライン」の名のとおり、途中にふたつ、大きなループを持つ町道506は、その作り物の曲率よりも、まだ見たことのないコーナーの先が楽しみで仕方がないといった雰囲気で、稲刈りが済んだばかりの里山を、センターラインの引かれたアスファルトがきれいに抜けていく。ちょうど半分くらい下りてきたところで、ナビがいきなり「もうすぐ景色のよいところです」と言うから、あわてて路肩に向かってブレーキペダルを踏みつける。助手席でカメラを構えるkeiの、その上をまたぐようにして身を乗り出してのぞき込むと、大きな右巻きの180°の中に、見事な棚田が密集していた。

しばらく二人で眺めてから、ゆっくりとウインカーを右に倒す。長くて大きな円弧が高低差をうまく吸収して、Bongoはあっという間にさっき見ていた田園風景の脇に下りていた。何でもないような、それでいて何かうれしい気分にさせてくれるのは、初めて出会う景色だから。まだ見ぬ明日へ、思いきり遠くへ行きたくなった・・・もちろんバイクと一緒に。