意気地なし 5(完)

次第に粘り、重たくなる泥。そして、ただ一つのラインは、加速と減速のたびにギャップが深くなっていく。下り坂にできあがった雨水の通り道は、小さなクレバスのように路面をひび割り、フロントタイヤを簡単に払いのけようとする。粗いブロックパターンの隙間にも泥が張り付いたまま、まるでスリックタイヤを履いているようにまっすぐ走らなくなってきた。そんなマシンを何とか宥め賺して、フープスを抜け出し、インフィールド唯一の直線に出る。ここでのベストラインはアウト。そこに向けてスロットルを開けたはずだったのに・・・リヤタイヤは思ったようには滑らず、乾き始めた右の180°の頂点に食いついたまま、フロントタイヤが大きくインに切れ込んだ。

狙ったアウトと反対側は、誰も走ることなく、まだ泥が雨をたっぷり吸い込んでいた。そんなシャバシャバをフロントタイヤは蹴散らし、リヤタイヤの生み出す前に走るチカラは、あっさりとその泥水に吸い取られる。「できればSXを泥まみれにしたくはなかった・・・」と、今さらながらに悔やんだ気持ちが過ぎり、そのまま続く直角の右コーナーに入ったのはマズかった。目指す先に、土色のラインはない。見えるのは泥水がゆるい弧を描いて延びているだけ。右コーナーはリヤブレーキが甘くなる。そこに向かって、軽くフロントブレーキを当ててフロントタイヤを突っ込むと、思った以上に速度が死んだ。そして、水たまりの中、ワダチのエッジに乗り上げたフロントタイヤは、エンジンをも止めてしまった。

フロントタイヤが天を仰ぐように高く持ち上がると、静かに右に倒れ込んできた。シートから投げ出されたワタシのカラダは、一度右肩を着いてから、ゆっくりと背中から路面にできた水たまりにべったり落ちていった。火照ったカラダ、背中に冷たい水の感触が伝わる。どうもうまくない。すぐに起き上がる気にもなれず、しばらく冷たい泥の上で仰向けになってみる。ヘルメット越しに聞こえる音もなく、ゴーグルレンズを通して見える青空には、薄くうろこ雲が連なっていた。