今度会うときは、信号待ちがもう少し長いといいな

訳あって朝から春日部駅の西口、「かすかべ湯元温泉」の近くまで出掛けることに。いつもより1時間遅れでXR230のエンジンを始動、ひんやりした空気が残っているせいか、チョークを戻すと今にも止まりそうな音でアイドリングを始める。日ごと長くなる暖気時間に季節の移ろいを思いながら、ジャケットのジッパーを襟元まで上げてゆっくりとアスファルトにすべりだしていく。

4号バイパスを越えて、中川を渡る。出勤の喧噪も消えた県道は、行き交うクルマも少なくて、ご機嫌だ。ほどなく国道16号線と交差、信号は赤信号。たまっている軽自動車を3台ほど路肩からやり過ごして、車列の先頭、横断歩道の白線にフロントタイヤをあわせて停まる。と、後ろからちょっと賑やかな4ストシングルの排気音が近づいてきた。ワタシの右側、XR230のリヤタイヤ近くで音が静かになる。進行方向の信号機は、赤のままだ。

チラッと後ろを振り向くと、青メタリックの鼻っ面がツンとした、低く長い今風のスクーターが停まっていた。メーカーはわからない。視線を戻したワタシに「これ、誰のサインですか」と、女性の声が聞こえる。振り返ると、ジェットヘルに薄化粧の女性、あまり自信はないけど・・・30代前半ぐらいだろうか、ふっくらとした頬が可愛く見える。「カズマサ、マスダカズマサですけど・・・知ってます?」「えっ?!MOTO GPのライダーですか?」「いえ、モトクロスの・・・国際A級、プロライダーですよ」・・・そこまで話すと信号が青に変わった。視線を前に戻した二人、ワタシは直進、彼女のスクーターは右折して・・・ひとときのつながりがほどけていった。

カズマサを知らなかったのは残念だけど、バイク乗りとして懐かしさを覚える“ひととき”だった。黒の初期型RZ250で奥多摩界隈を走り回っていた頃、休講の時間つぶしに大垂水峠の手前まで“ニケツ”で行ったときのことだ。歩道にマシンを停めてセブンスターに火を着ける。平日の昼間、さすがに往来も少ない。煙を吐きながら行き交うクルマを眺めていると、山の方から1台のマシンが降りてきた。マシンは忘れてしまったが、軽く右手を挙げると、左手で応えて目の前を通り過ぎていった。傍らにいた彼女が「誰?知り合いの人?」と訊くので「ううん、違うよ」と答えると、眉をひそめて不思議そうな顔をしていたのを、今でも覚えている。

そんな昔の出来事を、スクーターの彼女は思い出させてくれた。今ではツーリングにも出なくなってしまったけど、一期一会のライダー達と気持ちが通じあっていたあの頃は・・・幸せな時代だったのかもしれない。できれば、いつまでも“開いた”バイク乗りでいたい。東武線をまたぐ跨線橋の上、想いを巡らせながら走る背中に、秋の陽射しが静かに照っていた。