ある晴れた月曜日の朝

低く黒い雲が東の空を湿っぽく泳いでいる。そのせいで、太陽が顔を出せずに、真ん中の空だけが明るくなっていった。わずかな光は遠く富士の山頂を淡く染め出し、雪の白が柔らかな桜色に包まれていく。風はまだ強く吹いていて、葉をすべて落とした木々の枝が大きく揺れていた。

表通りだというのに、建物の陰になったアスファルトは、まだ雪の名残を張り付かせていた。限りなく透明に近い、糊のようにへばり付いた氷を踏みつける度、後輪駆動のBongoが少しだけ唸り声を上げて緊張させてくれる。青信号の交差点が続いたおかげで、足下に温風を送る間もなく、駐車場のある小道まで来ていた。

アパートの敷地内にある駐車場は、陽の入らない空間が沈み込まないようにと、黒いアスファルトにくっきりと白い線が引かれている。ようやく暖まった車内で、鞄の中から携帯電話のイヤホンを見つけ出して、運転席のドアを開ける。アスファルトに下ろした足下、靴とパンツの裾のわずかな隙間を、冷たく風がさらっていった。

通りの左端を歩き始めると、甘く、いつまでも嗅いでいたくなるような匂いが風に流れてきた。目の前から規則正しいハイヒールの音が響いている。背中の半分ぐらいに届く長い髪は、直線のまま横に広がっていて、朝日を受けると、栗色よりももっと明るい茶色に輝きだした。千鳥格子で丈の短いコートは、腰のベルトが後ろでリボンのように結ばれていて、少し肉感的な後ろ姿を、それだけで可愛く映していた。

駐車場から駅までは、急いで歩いて5分ぐらい。ほとんど速さが同じ二人は、付かず離れず、香水の匂いがわかる絶妙な間隔で駅に向かっていた。通り沿いの小料理屋を過ぎた辺り、ちょうど駅まで半分ぐらいのところで、淡く漂う香りが一気に消し去られる。朝ごはん、おかずは焼き魚・・・一瞬でそれとわかる熱くて焦げた臭いが、換気扇を通して勢いよく吹き出していた。ちゃぶ台の周りに座らせられた気分・・・一時のときめきはすっかり台無しになってしまった。