タバコを吸っていたら・・・もっと雰囲気があったかも?!

春雷。雷こそ鳴らないものの、激しい雨と風。テレビに映し出された女性キャスターが、横殴りの雨に煙る新浦安の駅前から、元気にレポートを続けている。いつものREGALを靴箱にしまい込んで、今日の供はAVIREXのYAMATO。アウターもダウンジャケットからレインコートに取り替える。気象予報士が話していたほど暖かくはない朝、完全な“雨仕様”で金曜日が始まった。

12時。雨は雲とともに流れ去って、強い風だけが残った。駅前から慶応大学へと抜ける界隈に飲食店がびっしりと立ち並んで・・・田町での昼食は、目移りして仕方がない。何度か往復して、『ちゅうちゃん』という炭火焼&ホルモン焼きの店に決めた。歩道に出された看板“ちゅうちゃん特製”の牛バラ丼を食べてみたくなったからだ。

初めてくぐる暖簾。金色をした真鍮製のレールに乗った引き戸を、軽く左手に引いて中に入る。明るくも暗くもない、中庸な感じのする店内。調理の油煙を吸い込んだのか、木製の壁やテーブルが飴色に光っている。ただ、その色合いからは拍子抜けするほど無臭、ほとんど油の臭いがしない。床に油が落ちて、靴底を不愉快に張り付けることもない。テーブルも、飴色の壁も、丹念に掃除されているのがわかる。

店内に流れているのはAMラジオ。テレビはない。丸いビニール製の座面を細い四本の鉄製のパイプが支える簡単な造りのイスが、テーブルとカウンターの周りに丁寧に並べられている。テーブルの上に安っぽい銀色の灰皿が二つ、ごく当たり前に置かれていて、どこか落ち着いた空気を醸している。奥のテーブルに座っている二人連れが、仲良く煙草をくゆらせながら、談笑していた。

入口に一番近いテーブルに腰掛ける。ガラス戸一枚で仕切られているだけなのに、外の気配がまったく届かない。透明のガラス越し、タイル地の歩道が眩しい光を跳ね返していても、ラジオのDJと、時折聞こえる鍋とお玉がこすれる音に覆われた店内は別世界。まるで、ウルトラセブンの1コマに紛れ込んでしまったかのよう・・・古き良い昭和の匂いだ。

店の主人が運んできた“牛バラ丼”。オイスターソースで味付けられた牛バラ肉のブロックが、どんぶり飯の上にふんだんに盛り付けられている。いわゆる“牛丼”を想像していたワタシには、確かに特製の丼物だった。添えられた紅ショウガを、ブロック肉、そしてオイスターソースの滲みたご飯と一緒に口に入れると、牡蠣の臭さが消され、甘くてコクのある風味だけが残って・・・思わず感心してしまった。

『ちゅうちゃん』・・・田町でお昼のときは、また寄ってみようかな?そう思いながら外に出ると、明るい陽射しとともに平成の世界に引き戻されてしまった。周りに溢れるビジネスマン、携帯を触りながら足早に駅に向かっていた・・・。