今日は楽しいひな祭り♪

西の空にまだ明るさのかけらが残っていて、一番星が青味がかった空の上で瞬いている。黒い炎のような雲が立ち上り、だんだんと色が失われていく様に、空が空間であることに気づかされる。瞬きは銀色に輝いて、二つ、三つと仲間を増やしていき、街角のネオンが宵闇の中、妖しく淫らにうごめいていた。

ビルから出て、駅までの短い距離。陽が落ちて、取り残された北風が、往く人を足早にする。通りに面した“コージーコーナー”から、真昼のような光と桃の音色が漏れていた。ぼんぼりに灯った明かりの中、まるで似合わない男客が6、7人、ショーケースを覗き込んでは若い女性の店員にあれこれと尋ねている。ひなあられに合わせるケーキでも買うつもりなのだろう。

桃の節句。ひな祭り。背の高い、黒いスーツのサラリーマンが、買い求めた品をショーケース越しに受け取っている。可愛い娘さんへのおみやげ、お母さんは、ちらし寿司でも作って待っているのだろうか。この店では、10日もしないうちに、また、同じような光景が見られるはずだ。並んでいるお客は、少しだけ若くなっているかもしれないけれど。

ガラス越しの熱を帯びた陽射し、目や鼻を苦しめるスギの花粉、そして、それらを混沌とさせる北からの風・・・最後まで残った冷たい風が、駅に停まるたび、車内に流れては暖を奪っていく。耳をくすぐる幼い旋律と足下から吹き出す温風。そんな温もりを感じながらの家路、ひな祭りには似合わない、初春らしい寒さだった。