冬の名残のにごり湯紀行~最終話2/2

湯上がりの身体から、ほのかに硫黄の匂いが立ち上る。9時を過ぎてからの遅い朝食は、バイキング形式。宿の風情に似つかわないとは言え、もてなしは“和”で通されたままだ。ここでも、あの親子と一緒になった。千本松牧場で作られたというヨーグルトを、美味しそうにスプーンですくっている。三人の笑顔に誘われて、部屋の窓際にあるボールから、同じようにヨーグルトを一皿用意してきた。いかにも「洗練されていない」といった舌触りは、濃くて素朴だ。付け合わせのブルーベリージャムにも、味の輪郭が崩されない。彼らに倣って、二皿目を取りに行く。このヨーグルトだけで、腹はともかく、舌の方は大満足。宿でおみやげとして手に入らないのが残念だ。

天気予報が外れた空は、東武日光の駅まで下りてきても、青く澄み渡っていた。ロータリーの一角に、みやげ物店が隙間なく軒を連ねている。ちょうど真ん中辺り、出来立ての“揚げまんじゅう”を売る店に人が列を作っていた。終着駅のホームは、ロータリーから見下ろすところに位置している。日陰のホームには“上”の賑わいが届かない。4両編成の特急電車が、発車時刻になるのを待って、ただ停まっている。反対側には見慣れない赤い車体・・・春から乗り入れるJRの新型車両が佇んでいた。

“試運転”と行先表示された新型車両が、ひとつ警笛を鳴らして、動き始める。いつの間にかホームには、あの男の子がいる。横に立つパパに促されて、右手を肩の高さまで上げると、走り去る後ろ姿に小さく手を振っていた。ゆっくりホームを離れる赤い車体が、踏切を越え、緩い右カーブに消えて見えなくなるまで、ずっとずっと小さく手を振り続けていた。二人の背中を見つめる目が、柔らかに垂れていくのがわかる。男の子の小さな手のひらが、パパの手をしっかりと握りしめていた。