夏空の下で~その4

ryoも、すぐには走り出さない。空吹かしを繰り返して、KXのエンジンが素直に付いてくるのを待っている。そう、今日の路面状態を考えればわかる。「まずは軽く一周、コースを下見して・・・」とは言っていられない。最初から全開にしないと・・・2スト85マシンは裏の上りにのみ込まれてしまう。サイレンサーから流れる白煙がようやく薄くなって、KXに跨がるryo。短くカットされたサイレンサーが、けたたましい排気音を響かせて、緑色の小さな車体が、大坂を飛び跳ねるようにして上っていった。

山の裏側に見えなくなるKX。しばらくして、下りきった左バンクから立ち上がってきた。軽く右に顔を向けて、すぐに全開で坂を駆け上がっていく。とりあえず「問題無し」なのだろう。KXの後ろ姿を見送ってから、クラッチレバーを握り、左足でシフトペダルを踏み込む。エンジンが揺さぶられるように動いて、一速に入った。空吹かしを続ける右手を、ちょうど半分ぐらいの開度に固定して、クラッチレバーを離す。リヤタイヤが空転して、一瞬、駆動が逃げる。それでも右腕があばら骨に当たるまで肘を絞り込んで、すでにスロットルは全開だ。景気よく山砂の塊をまき散らして、ひと月半ぶりにRMが加速を始めた。

荷重が抜けるたびに、坂の途中では一瞬にして失速し、コーナーの出口ではニュルリとすべる・・・路面なのか、乗り手なのか。体が暴れては、体が緊張する。ただ、一気に破綻してしまうことはないし、少なくてもフロントタイヤが“いきなり”いなくなることもない。社長のおかげで、気になるギャップも皆無だ。節度ある路面に気を良くして、二度、三度と大坂を全開で臨んでいく。裏に続く難所も、右手が“弱気”にさえならなければ・・・問題無しだ。

ただひとつだけ。下りだけは、いただけない。恐怖心が先に立って・・・どうしても体が前につんのめってしまう。ちぐはぐになるマシンの動きに、3周目で早くも腕が上がってきた。おまけに巻き上げた山砂の湿り気にでも当たったのか、股の辺りが妙に涼しい。今までに記憶のない、不思議な感覚に悩まされて・・・5周を回ったところで、たまらずパドックへと戻っていった。

<“不思議な感覚”の理由は・・・次回に続く>