8/7のキオク~3

さわんどを過ぎ、トンネルとトンネルの隙間に立つ坂巻温泉を左に見ながら、安房峠へと向かう最後のトンネルを出た瞬間・・・ゴーグルのレンズに水滴がはじけた。トンネルの天井からではない、低く垂れこめた雲からだ。その後も、ひとつふたつと、雨粒がゴーグルに当たる。すぐにEXC-Rを路肩に停めて、出てきたトンネルへと駆け足で戻る。レインウェアを持たずに来ているから、体はジャケットを着込むしかできない。あとは“浸水”しても大丈夫なように、ウエストバックとデイバックの中身を、大きなWESTWOODのビニール袋に詰め直してやるだけ。近くに雷鳴を聞きながら、上高地入口の信号を左に曲がっていく。

真っ直ぐ行けば、有料の「安房峠道路」、右に切り返すように上って行けば、旧道の「安房峠」・・・片側交互通行の信号につかまり、心が揺らぐ。待ち時間を示すデジタル表示が一秒、また一秒と減っていく。照ってさえいれば、迷うことも無いのに・・・。信号機が青に変わった。誘導員が白旗を振って、発進を促す。坂道発進を失敗しないように、少し高めの回転数でクラッチをつなぎ・・・右に180°回って、急坂を上り始める。当初の経路どおり「安房峠」越えを選択・・・雨は、ジャケットを濡らすほどじゃない。濡れているのは、ところどころに苔の生えた路面だけだ。

中の湯温泉へ向かっているのだろうか、旧道には似合わない観光バスが前を走っている。つづら折りの道幅を目一杯に使って、その上を目指す。長いホイールベースが邪魔をして、ハンドルを手にする運転手も辛そうだ。短い直線で運転席の窓が開いて「先に行け」と合図、「もちろん!」とばかりに全開でバスの前に出る。中の湯から先は、行き交うクルマも少なくなる。道も穏やかになって、峠も近づいてきた。不意に頭のすぐ上から雷鳴が轟き、一瞬にして視界の先が雨に煙る。アスファルトに打ちつけられる雨粒・・・あっという間にずぶ濡れだ。

標高1790mの安房峠を越えると、岐阜県高山市。今日の目的地は、ずいぶんと手荒な真似をする。ノーズガードとゴーグルの隙間から大粒の雨が入り込み、上唇を激しく叩く。ギヤを落とした衝撃に、リヤタイヤが過敏に反応する。乾いていても信用できないのだから、濡れた路面ではなおさらだ。喰い付いている感触が・・・無い。肩に力が入ったまま、ゆっくりと平湯へ下りていく。ちょうど峠と平湯の中間辺りまで下ったところで、雨も上がり、濡れそぼったジャケットの袖が、少しずつ乾いてきた。雨の“峠”も一緒に越えて、平湯からもうひと山越えて高山に出るだけ。有料のトンネルを通っていれば、当たらずにすんだかも・・・の思いが間違っていたと気づかされたのは、平湯の町に入った時だった・・・。

<次回に続く>