8/8のキオク~終

暗くなったと言っても、まだ午後の9時を過ぎたばかり。温泉街の目抜き通りが歩行者天国になっていると、街頭のスピーカーから女性の声が聞こえる。外湯巡りのついでに、ぶらつくのも悪くない。帳場で外湯の鍵を借りて、表玄関から石畳の続く小径へと繰り出した。宿の若女将に勧められたのは“六番湯”と“九番湯”。まずは、宿に近い“六番湯”から。目洗の湯へと、硬く澄んだ下駄の音を響かせながら、細い路地裏を歩いていく。湯巡りスタンプの台が置かれた入口は、木造建屋には似つかわしくないアルミの扉。鍵穴に鍵を入れて回すと、中から湿った熱気が流れ出てきた。

掃除の行き届いた上がり口に、履物は無い。焦げ茶色した木製の棚が据え付けられた脱衣場も、感心するぐらいにキレイだ。浴衣をはだけて、さっそく浴室へ。長方形をした湯船には、無色透明の湯が満たされていて、縁からあふれている。湯船も洗い場も、周りの壁も、同じ焦げ茶の木でできている。見上げると、天井だけが漆喰のようだ。まずはかけ湯と、黄色いプラスチック製の湯桶で湯をすくうと・・・あぢぢっ!指先の感触は・・・“熱湯”風呂だ。二人だけなのをいいことに、水道のホースを湯船に沈めて、蛇口をいっぱいに開いてやる。この熱さ、地元の人でも入れないんじゃないか・・・。

とりあえず肩まで浸かれる温度になって、外湯ひとつ目を二人貸し切りで愉しむ。両腕を浸けては上げてと忙しいけど、宿と同じく、刺激の無いやさしいお湯だ。湯船から出ては、そのまま縁にあぐらをかいて、風呂桶片手にかけ湯。板張りの床は、ぬめった感じも無くて、静かにお湯が流れていく。そして、また湯船に浸かって・・・野郎二人で、今日の行程と明日の予定を肴に湯浴み。水を止めたせいで、お湯がだんだんと熱くなってきた。まだ“九番湯”もあるし、そろそろと思っていたら・・・地元の小学生らしい男の子が入ってきた。よく見ていても、さすがにこの湯では・・・熱くて浸かれないみたいだ。

浴衣を羽織って、再び通りへ。あれだけ熱い湯に浸かっていたのに、汗が引いていくのは・・・宵闇と山風のおかげか。通りの真ん中には、独楽回しや将棋など、いくつもの屋台が並べられて、子供らが無邪気に声を上げている。すぐ近くの森から、ヒグラシの声が届いていた。夏は夜・・・道端には薄桃色に灯る街灯が置かれ、淡いほのかな明かりがやわらかな影を映している。その彩りの中、浴衣姿で外湯をハシゴ・・・ふと、muraを思い出す。いつかは「こんな贅沢な旅を」と話していた奴は、もういない。ryoの横で、缶ビールを手にmuraが笑っているような気がした。