8/9のキオク~1

<Summer Vacation~8/9の続き>

空腹を抱えて待ちくたびれたワタシの前に、ニコニコとryoが歩いてきた。もちろん、首から赤いカードをぶら下げている。向こうもぶらつき通しで、一息つきたいところらしい。渋高薬師と、その先にある毘沙門天の話をすると、神社好きのryoらしく「付き合う」と言う。イスから立ち上がり、陽射しの下に出る。頬に当たる光は、それでも、手で遮るほどの強さはなかった。山間の冷気が、まだ残っているからだろう。“狩人さん”たちで賑わう石畳の通りを、ベタベタとサンダルで上っていく。“九番湯”渋大湯のちょうど後ろにある足湯の正面、渋高薬師へは、細くて長くて急峻な石段が続いている。並んで歩けるわけもなく、前を行くワタシが転べば、間違いなく二人で真っ逆さまだ。二十段ほどは上ったろうか・・・急に足取りが重くなってきた。振り向けば、ryoがうつむき加減で着いてくる。見上げる視線の先に、豪奢な造りの屋根が覗いていた。最後の一段を踏み越えると、すぐ目の前に渋高薬師の社。狭い境内だ。十円玉を賽銭箱に放ってから、鈴を鳴らして“二礼二拍一礼”・・・作法どおりに参拝をすませて、うっそうとした林の中に延びていく“ご利益散歩道”に足を向ける。サンダルの裏から、しっとりした土と細かい石粒の感触が伝わってきた。

わがままに延びた笹の葉が、膝の周りでカサカサと擦れ合う。小さな窓から祠の中を覗いてみても、蒼くて丸い神鏡が見えるだけ。毘沙門様が居るのかどうかもわからない。苔生した土に足を滑らせないよう、ゆっくりと“ご利益散歩道”まで下がっていく。“手つかず”と言えば聞こえはいいけど、もう少し手を入れてやっても・・・罰は当たらないはずだ。さらに細い階段を下って、温泉街の外れに出る。金刀比羅宮「薬師庵」の対照的な山門を横に見ながら、通りにある“番外”足湯で、ちょっとした山歩きの疲れを癒す。「武田菱」を模して四つに区切られた足湯、手前からひとつひとつ跨いでいくと、奥のひとつで後ろに倒れそうなぐらい、勢いよく足を引き上げさせられた。砂利混じりの底には、とてもじゃないけど足を降ろせない・・・一瞬にして、足の甲が真っ赤だ。ひとつ置いた先、角の尖った菱形の縁に、腰を降ろす。横湯川からはすっかり離れて、東屋風の屋根から蝉の声が聞こえる。

<次回に続く>