谷根千~後編

この辺りは、気軽にくぐれる暖簾が少ない。用意されているランチメニューも、千円札が1枚では足りないものばかり。ここから先に進むと1時に戻れなくなる。「団子坂下」の交差点で引き返すことにして、すぐ近くにあった『松屋』で昼食・・・昨日も日暮里の『松屋』だったことを思い出したのは、食券を買ってからだった。昨日よりも長い時間待ってから運ばれてきた牛めしは、昨日食べたのと違って、玉ねぎが固くシャキシャキしていた・・・。即席の味噌汁を飲み干してから、ゆっくりと店を後にする。

通りに面した店には、和を模した造りが多くて、街に古風な雰囲気を漂わせている。老舗のせんべい屋が、醤油の滲みた焦げ臭い匂いとともに、偉そうに幅を利かせていた。そのまま坂が上り始めると、「初音」と呼ばれる界隈に出る。遠くから保育園ではしゃぐ子供たちの声が聞こえてきた。お昼休みのようで、園内の遊具で遊んでいる。そのすぐ脇を通り過ぎようとした時・・・緑色の金網越しに、無垢な声が飛んできた。「ねえ、見てて、見てて。ちゃんと止まって、見てて」と、薄い水色の服を着た男の子が、こちらを見ていた。

大人ならひと跨ぎできてしまいそうな“うんてい”で、何か披露してくれるらしい。「うん、いいよ」と、立ち止まって見ていると・・・地面に向かって頭を逆さまに、両足を片方の支柱に引っ掛けて、もう一方の支柱にかけた両腕を伸ばす。時々お腹を突き出すように動かしては、口を一文字に閉じて、鼻の穴を広げている。「すごい、すごいねー」と手を叩いて、くるりと背中を向ける。ずっと見ていたら・・・ホントに午後の仕事に間に合わなくなってしまう。戻り道、谷中の墓地を通り抜けていくと、正面にスカイツリーが霞んでいた。根津まで行くには・・・昼休みだけでは少し足りないようだ。