Separate Ways 6

<3/24の続き>

朝、出かける前に積んでおいたXR230は、もういなくなっていた。パドックに散らばった顔見知りのところを、遅れてきたryoが行ったり来たり・・・黒いダウンジャケットの肩は、いつもと違って、丸く小さく畳まれていた。そして、一番長く居たのは・・・やっぱりuchinoさんの前だった。敷居の高い城北Rにあって、何かと良くしてくれたryoの師匠。こうしてMCFAJのレースがある前には、コースの中はもちろん、パドックでも、コースの脇でも、笑いながら“しごいて”くれたuchinoさん。椅子に腰かけて、すぐそばに立つryoを見上げては、何度も何度もうなずいているのが見えた。

緑色の「93」を着けたKTM85SXは、MCFAJの開幕戦、オフロードヴィレッジで優勝したという。ryoを迎えに行くと、kuboさんがそう教えてくれた・・・受付で見たのと同じ笑顔が、もう一度浮かんでいる。隣で散々kuboさんに茶化されても、照れくさそうに、ただ笑っているだけ。本当にうれしかったのだろう。だから、Show-Gのことは、ちょっと聞けなかった。ryoはまだ、そんなuchinoさんの横を離れようとしなかった。

主人が帰ってくる前に、KXのエンジンを揺すり起こす。キックペダルには敏感に反応したエンジンも、チョークレバーを戻すとすぐに、乾ききった高音を消してしまう。エンジンが落ち着くまでに時間がかかるのは、KX85Ⅱの遺伝子なのか・・・プラグをかぶらせないように、チョークレバーを引きっぱなしのエンジンを、右の手首だけで器用に操る。ノーマルのサイレンサーは、薄い白煙に、いくぶん丸みを帯びた音をからませている。チョークレバーを戻して右手を離しても、律動的な音が刻まれるようになってから、パドックを一回り・・・やわらかくて動き過ぎる脚が、何だかとても愛おしかった。

Bongoの後ろにKXを戻して、サイドスタンドをかませていると・・・いつの間にかryoがそっと佇んでいた。「乗るのか?」何も言わずにうなずいて、KXのキックペダルを踏み下ろす。カーゴパンツの裾に黒地に緑のスニーカーが覗いている。たった一度のキックで、エンジンが再び音を吐く。そのまま少し後ろにマシンを引き出して、ゆっくりとクラッチをつなぐryo。さっきまで丸まっていた背中は、腰骨を軸にすっとまっすぐ伸びていた。

KXらしい耳障りな排気音が、パドックをゆっくり左に周っていく。一年目は勘弁してやったけど、それをもう一回、しかもサボっていたとあっては・・・卒業するまで、愛機KX85Ⅱを取り上げられても無理はない。最後はもう一度コースを走りたかったはずだけど・・・それも叶うはずがない。パドックを一周するにはずいぶん時間が経ってから、今度はcarryの後ろに緑色のマシンが戻ってきた。そのまま“あおり”を外すryo。アルミのハシゴを伝って荷台に載せられたKX85Ⅱを、色のない顔で、ただ見つめている。ちょうど昼休みが半分過ぎた頃、戻ってきたcarryは荷台が空になっていた。

<つづく>