one more time, please.

風が濡れている。しっとりとした、雨の休日。でも、せっかく遊び道具があるというのに、どういうわけか遊んでいられない土曜日になった・・・。ノートパソコンにつながったマウスを動かす右手の脇で、スタンドに黒いStratocasterがかけられたままでいる。三笠山のどら焼きを目の前にして、おあずけを食らっているようだ。自分でまいたとは言え、天気と一緒、くすんだ灰色の時間だけが、ゆっくりゆっくり過ぎていく。風上を向いた出窓のガラスには、雨がべっとりにじんでいた。

夕方からの用事に合わせて、4時半に家を出る。場所は大塚、Bongoを駅まで走らせるのは、ずいぶんひさしぶりだ。出窓と同じく、ゆがんだ緑色のフロントガラスをワイパーが一往復する。くっきりした垣根が現れ、そこに落ちる水滴は映らなかった。一週間ぶりのKISS、MDに収められているのは初期の3枚だ。名盤「ALIVE!」を飾るナンバーは、どれもがワタシの課題曲、ピッキングの裏と表が気になるなんて・・・今までなかったことだ。3ハンバッカーの音の輪郭だけに、聴覚が集中する。流れるボーカルの旋律は薄くて、耳に響かないでいた。

曲はFirehouse。イントロさえうまく合わせられないでいる、課題曲の一つだ。「今度、合わせましょうよ」仕事仲間に、自宅にスタジオを構えて本気でドラムをやっている男が居る。その彼の誘い文句が、宙を舞い、リハーサルで、入っていく一瞬を逃して、みんなの演奏を止めてしまったエースの台詞にかき消される。「one more time, please. one more time・・・」今のワタシは、一回じゃすまないだろうけど・・・そんな車中の上で、低く落ちた雨雲が、灰色の汚い腹を空一面に広げていた。