谷中から、ちょいと千駄木まで。

日暮里の駅を東から西へとまたぐ。上り坂の階段、わずかばかりの日陰を頼って、壁にカラダをすりつけるようにして歩いていくと・・・台東区谷中。桜の木々が青い枝葉を伸ばして、アスファルトに黒く立派な影を落とす。その枝の奥の方、ミンミンゼミが、空に向かって堂々と鳴いている。ここには木と土があるのだと実感させられる。ただ、永く眠っている人たちにとって今は、にぎやかで、ずいぶん厄介な時季なのかもしれない・・・。

真昼の陽射しが遮られ、通りに沿って風がそよぐと、うたた寝ぐらいはできそうな、やわらかな空間ができあがる。降る光の中、当たり前のように通り過ぎていく人影を見ると、墓地の真ん中に居ることさえ忘れてしまう。短い昼休み、用をすませにちょいと千駄木まで・・・。時間をルーズにできるなら、谷中コロッケを頬ばり、「ひみつ堂」で、天然氷を食べてから帰れるのに・・・13時には戻っていないとマズイ今日では、それはちょっと無理な経路だ。

観音寺の築地壁をたどる頃には、Yシャツがぺたりと背中に張り付いて、額にも汗がにじんでくる。どこまでも蝉の声が追いかけてくる昼時、無人の公園は、蝉時雨につつまれていた。