粋な姐さん

下町らしく日暮里には、こぢんまりとした和風な居酒屋が多い。駅前のロータリーから放射状に延びる通り沿い、事務所から数分のところでさえ、両手では足りないくらいの店が揃う。このところの不愉快なこともあって、昼に和食を選ぶ機会が増えてきた。年相応の、割と健康そうに見える膳が並べられるせいか、ついついご飯を大盛りにしたりして・・・これでは煙草を止めてから増えた重量が、元に戻るわけはずもない。

今日は、ロータリーをはさんだ反対側、西日暮里寄りにある居酒屋さんへ・・・。古びた木製の引き戸は、手で引くことなく、自動で開閉する。ちょっと不釣り合いな感じの入口をくぐると、めずらしくすべて卓に人が座っていた。かろうじて入口のすぐにある3人掛けのテーブルだけが無人で、仕方なしに連れを奥に通し、手前のイスを引いて腰を下ろす。扉の傍は、すきま風が入ってくるのか、薄ら寒い。マウンテンパーカーを着たまま、出された湯飲みを両手で包みながら、「カキフライ定食」と「サバの塩焼き」を注文する。

壁に映る昼の番組は、選挙一色。これだけ数が多いと、選ぶ方が大変だ。「ごめんなさいね、入口の寒いところで」と、女将さんが声をかけてくれたけど、しばらくしてもそれほど寒さは感じない。かえって天井から暖かい風が流れてくるようで・・・どうやら女将さん、空調の風向きをいじってくれたみたい。客が帰るたびに、開いた扉から冷気が入り込んできても、震えるようなこともない。粋な計らいに感じ入っていると、一番奥まったところのサラリーマンに、おかわりを差し出す女将さん・・・飯椀を片手に「手盆ですみませんね」と、これまた、ずいぶん粋な台詞だ。サバの塩焼きに箸をつけながら、思わずにやけてしまった。

途中で入ってきたツナギ服の男性が、食事と一緒にビールを頼むと、「クルマ、乗ってないよね」と聞きかえす。首を横に振る顔に向けられた笑顔は、たいそうきれいだ。サービスのアイスコーヒーは、瀬戸のビアタン。そこにガムシロップを注いで一気に飲み干すと、二人で席を立って、奥の厨房に声をかける。出てきたのは女将さん。「ごちそうさまでした」の声に、「寒いところで悪かったね」と頭を下げてくれて・・・結構満腹で店を出て行く。「やっぱり下町はいいなぁ」と思える日々が続いている。