春遠からじ 10(完)

ryoとokano師匠は、揃って“早上がり”。フープスの先に陽が落ちかけて、コースの奥から陰が伸びてくる。“遅れてきた”分を取り返すように、午後になってから本気で走り始めたiguchi師匠。その赤い“切っ先”が、ホームストレートの手前でKXの目の前に立ちはだかる。2013年“初”のウサギとカメが、今、始まった・・・。

コーナーとコーナーの間を、まるで泳いでいるかのように流れるCRFの軌跡。減速、旋回、加速・・・そのすべてがなめらかで、周回を重ねっていっても正確に、コーナーのインだけをかすめて、何事もなかったように立ち上がる。日だまりに残された排気音も、やわらかな空気を邪魔することなく、周りに消えていく。

今日の“ウサギ”は、逃げ足が速い。フープスで離れる背中・・・これでバックストレートが凍っていたら、完全にお手上げだ。それでも、KXが優るのは、この直線だけ。「全然暴れないんだよな・・・大したもんだ」、スネークヒルの下り、いつもの場所で見ていたokano師匠が言うとおり、前を行く背中は落ち着きはらって、少しもあわてる様子がない。

なかなか縮まらない距離に、“カメ”のほうが何度かリヤタイヤを暴れさせる。それを知ってか知らずか、何食わぬ素振りで右へ左へと加速して、距離を開けていく“ウサギ”。コースの半分に陰が迫り、スターティンググリッドからホームストレートにかけて、薄茶色の土が燃えるように光る。その夕日に向かって、saitoさんが歩いてきた・・・右手でチェッカーフラッグを握りながら・・・。

結局最後まで、その背中にプレッシャーすらかけられず・・・iguchi師匠の後で、チェッカーフラッグをくぐる。意気地のないフープスに、うなだれてパドックへと帰ると・・・「朝から最後まで、あのペースで・・・親父はタフだよ」、okano師匠がryoに授けた言葉に救われる。風のないパドックは、陽が陰っても空気がまだ暖かくて・・・春のように、ふんわりしていた。