さよなら

出窓のガラスを、雨が叩く。しっかりと固い音が響いて、春の嵐も静かになったようだ。金曜日の夜、ひさしぶりに聞く雨音は、明日の朝をゆっくりした目覚めにしてくれそうだ。どうせアスファルトと一緒に、気分も濡れてしまったのだから・・・。

ごくありふれた日本人で、特別な会社に勤めているわけでも、由緒正しき旧家に生まれたわけでもない。どこにでも居る人と、他愛のない関係を保ちながら、小さなことで笑ったり怒ったりしながら、毎日を過ごしている。だから・・・有名人の知り合いなんているはずもなく、もちろん世界に羽ばたくスーパースターには、縁なんてなかった・・・モトパーク森の、あの夏の日まで・・・。

「洗車できなくなっちゃったね」

「でも、これで開けっぷりが良くなるかもな」

山砂に汚れたKX85Ⅱのシートに左の手のひらを広げて、右手がスロットルグリップをひねり遊んでいる。FMXに挑戦している顔見知りの子どもに、正面を向いて真面目に答えるデニム姿。時々、ryoとワタシに向ける笑顔が、夏の午後に光っていた。映像で見るよりもちょっぴり小さくて、目じりには小じわもあって・・・その分親しみがわいてきて・・・スーパースターのおごりも無く、気さくなナイスガイだった・・・。

日本よりも海外で有名な日本人は、たくさん居る。あの夏の日、そんなHEROに触れられた気がしていた・・・。そのHEROがさよならしてしまったなんて・・・雨は降るときを知っているかのように、今も降り続いている。