イバMOTO#3~前編~

「惨敗・・・」

夜の8時を回り、遅めの夕食を前にして、keiの問いかけにryoが答える。そう、惨敗・・・。それでもryoとCRF150RⅡは、“コークスクリュー”の手前、コース改修でちょっぴり短くなった“ロングテーブルトップジャンプ”を「跳びきれた!」と、土産を手に帰ってきたけど・・・ワタシと緑のKXは手ぶら、まったくいいとこ無しのレースだった。天気予報が良いほうに外れたおかげで台数が集まり、いつものように1ヒートだけの真剣勝負。ゆるさと烈しさが溶けあう、いつものイバMOTO。ただ、できれば今日も・・・第2戦のように、もう1ヒート、走りたかった。「豚肉とニラはビタミンB1が摂れて、食べ合わせがイイんだから」そんなkeiの声をぼんやりと聞きながら、テレビとテーブルの間で、悔しかった午後を思い出していた。

Tシャツ一枚でやってきたことに後悔するほど、風の冷たかった朝を忘れてしまうくらい――午後になって、すっかり雲のとれた青い空の上、太陽がぎらついている。その光を背に受けたiguchi師匠が、両手でスターティングボードをかかげる。右手でスロットルを開閉させているうちに、ボードがひるがえり――5秒前――それまで師匠の後ろ、そこだけ土がはらわれて、白く光った第1コーナーの入口に向けていた視線を、目の前のスターティングバーに落とす。左の人差し指がクラッチレバーを引き、ほとんど同時にシフトペダルを踏み込んだ左足を、急いで地面に戻す。腰から上を軽く前に倒して、息を止めてバーの動きに目を凝らす。音もなく手前に倒れ始めたバーに気づいた瞬間、右手を軽くひねって、クラッチレバーを押さえていた人差し指を無造作に伸ばす。横に並んだどのマシンよりも、おそろしくゆっくりと、地面に落ちたスターティングバーを乗り越えて、KXのフロントタイヤが前に出る。

シフトペダルを蹴り上げて、ギヤは2速に――左右の視界の隅から、マシンが消えてなくなった。「前に出られてる!」そう思える、この感覚。そこで「イケる!」、と図に乗ったのが良くなかった・・・第1コーナーの直前、左側からCR85が、ほとんど直角にかぶせてきた。しかも子供らしく、勢いがある。ラインも何も、目の前を横切る赤いマシンに、思わず右手を戻す・・・どころか、人差し指で、思い切りブレーキレバーを引いてしまう。ああ、情けない。nagashimaパパが見ていたら、こっぴどく叱られる“体たらく”。一瞬にしてKX85Ⅱが、後ろへと追いやられる・・・。撒き上がる土煙の向こう、コーナーのアウト側で、#424のCRF150RⅡとryoがぶつかり合っているのが見えた。これで――スタート前、心に秘めていた「ryoよりも先に第1コーナーを回る」ことが不発に終わったことだけははっきりした。そのまま何もできず、走りたくもない不自然なラインで第3コーナーを抜け、両脇を抱えられるようにしてテーブルトップジャンプの斜面を跳び上がると、午前中一回も走ったことのない“ど真ん中”のラインで、フープスへ突っ込んでいく・・・。

<後編につづく>