片道100kmの贅沢 4

背の高い木々に囲まれて、かやぶき屋根の下に土間が覗いている。懐かしい感じの佇まいは、くすんだ茶色をしていて、子どもの頃に遊んでいた水海道の田舎を思い出す。区画も何もない砂利を敷いただけの広い庭に、クルマがきれいに並べられている。その列を避けて、板塀の脇、太い幹の横にdukeのフロントをつけてエンジンを切る。サイドスタンドを左足で探り出しシールドをあげると、醤油の焦げた、いい匂いがしてきた。

湿り気をふくんだ風の中に、薄灰色の炭火の欠片が漂う。パタパタと煽ぐうちわが、ひっきりなしだ。新しい材木でできあがった東屋は淡い木色、そこにも、そこから外に散らばった巨石の上にも、熱々のトウモロコシを頬張る人があった。若いカップルが多いのに驚きながら、匂いのもとへと歩み寄っていく。「すぐ食べますか?」、うちわと刷毛でトウモロコシに焼き色を付けている彼の連れらしい女性が、煙の向こうで声をかけてきた。「はい」と短く返事をして、小銭入れから百円玉を三枚、右手で揃えてから手渡した。

通り沿いに看板をあげているわけでもないのに、ここには人がよく集まる。ガイドブックにでも載せているのは、はたまた口コミか・・・どちらにしても、この焼きトウモロコシは、いつ食べてもハズレがないし、一度口にしておいた方がイイ。その一口め、薄い皮がやぶれ、醤油の香りと一緒に黄色の粒がはじけて、口いっぱいに甘さがしみていく。“季節限定”、旬の今だから、甘くて当たり前。だけど、炭火で燻された砂糖醤油と朝採れのとうもろこしのみずみずしさは、やっぱりクセになる。100kmを走ってきても、少しももったいなくない。

私的な夏の風物詩、去年はついに一度も寄れなかったけど、今年はこれで二回目。お盆休みで混み合っていた一回目はずいぶん待たされたのに、今日は焼きたてをすぐに皿に盛ってくれた。そのまま、つづきの土間に置かれた木の造作に腰を下ろし、醤油焦げのある根元を、まずガブリ・・・甘じょっぱい、この一口がたまらない。余韻を楽しむ暇もなく、あっという間に裸のトウモロコシが皿の上に戻っていた。皿ごと、さっきの女性に返して、砂糖でべた付いた手のひらを井戸水で洗い流して、タンクの上に置き去りにしていたラパイドを、さっぱりした両手で持ち上げる。枝葉の隙間から見る空は、ここに入る時とさほど変わらない、軽い灰色のままだった。

これで半分。あとは来た道を戻るか、もう少し遠回りして帰るか――砂利を踏みながら、目の前を斜めに走る県道の際dukeを止め、ウインカースイッチに左手を添えたまま、じっと空を仰ぐ。もちろん赤城の影は全く見えない、ただ、空の色は、帰るべき東のほうが、黒くよどんでいた。「どうせあそこに帰るなら」、そう思い、右にウインカースイッチを倒した。のんびり上がっていく軽トラックの後ろを追いかけるように、橙色の車体が路肩を蹴り出す。「空っ風街道」を周って、「板橋交差点」のちょっと手前で国道に下りてくるルートだ。

<つづく>