You want the BEST. 7(完)

<11/2の続き>

エンジンに火が入って、パドックから先にいなくなったのはYZ。その青い車体が、スターティンググリッドの端っこに佇んでいる。視線をコースに移すと、あちこちに子どもたちのマシンが散らばって、小さな土埃を上げていた。青いリヤフェンダーの左斜め後ろにKXのフロントタイヤを止めて、右に首を回す。ヘルメットとゴーグルに隠れて、中の顔色は何ひとつわからないけど・・・こちらに向けて少し傾げたゴーグルレンズの奥、片方の瞳がチラリと笑った気がした。85マシンの集団が走り去り、65のマシンがその後ろから、バラバラと続いてくる、そのわずかなすき間を目がけて、YZのリヤタイヤが威勢よく空転した。

あわてて、そのテールに喰らいついていく。雑にクラッチレバーを放したせいで、前後に大きく車体がブレる。パパはすでに名物をやり過ごして、ダブルのひとつ目。路面に吸いついたような、そのしなやかさは何なんだろう・・・最初のテーブルトップで不意に高く上がり、驚いてブレーキレバーを強く握ったから、視界の中でパパの背中がバウンドする。その先の切り返しも、あいかわらず乱れもせず、静かに立ち上がっていく――まるでレールでも敷かれているかのように。ずっとここまで、そして、これから先も。その背中があわてる様は、けして見ることがないんだろう。半クラッチに反応したKXが、嫌みなぐらいに左へ、リヤタイヤをすべらせた。

フープスを抜けるまで変わらなかった車間が、バックストレートエンドで一気に小さくなる。極度の近視と乱視でも、両眼が開いている分、ちょっとは思いきりがイイらしい。ただ、そのままスネークヒルの手前、右コーナーの内側にKXをねじこもうとしても、簡単にはラインを譲ってくれない。勢い余ってワダチの縁に乗り上げていたら・・・また置いていかれてしまった。嫌いな左カーブ、そして、苦手なサンド。スネークヒルへの上り坂で、その差が元に戻る。何周しても、そのくり返し。背中に陽射しが当たって、こちらもだんだん熱くなってきた。

聴かないようにしていても、30年も付き合っている旋律は、カラダの奥底に染みついている。こうして気持ちが昂れば、知らず知らず、彼らの雄叫びが耳の奥を逆走してくる。でも悲しいかな、すぐに右腕の筋肉がはれてきて、思うようにスロットルを回せない――半分くらいしか開いていなきゃ、全開のマシンには、なかなか追いつけやしない。けして後ろを振り返らないnagashimaパパ。バテたカラダで、その背中に向かい右手を握りなおす。ただ、それはあまりに遠くて・・・その姿を追いかけ“ようとする”のがギリギリだ。まったく追いつくどころか、小さなカラダがどんどん離れていく。周回ごとに速度が落ち続けるKXの真横を、ryoのCRFがけたたましく抜けていった。

最後まで追いきれずに、YZの後ろで二回目のチェッカーフラッグをくぐる。入れ替わるように、名物に挑んでいくフルサイズマシン。4スト250cc単気筒が大きく唸りを上げる。その地を這う破裂音の向こうから、乾いたMCが耳にこだました。激しい走りの後、抜け殻になったカラダの奥に幻が聴こえたか――あまりにも我慢しすぎて、ココロが勝手に奏でたか――少し上ずった調子が、デトロイトのコボ・ホールに反響している。“You want the BEST, you got the best. The hottest band in the world, KISS!”、歪みすぎない透明感の残るギターリフから、ノーコードに移って、若いジーンが吠える。なぜか聴こえてきたのは、『KISS ALIVE』のオープニング、“Deuce”。次の三回目、午前中の最後になる20分は、YZの前で走れそうな気がしてきた。