Rain Rainey 3

<4/10の続き>

“営業所”らしく、あちこちから軽く声がかかる中、一人だけ、一言も話さなかった。ただアタマを下げられただけで、一言も。それからワタシは江戸川区の南半分を受け持つことになり、北半分を担当する上司と一緒に行動する毎日になった。その人とは、朝と晩、普通に挨拶を交わして、たまに缶コーヒーを買わされるようになっていた。夜な夜な煙に満ちた事務所の中で、所長の“精神論”を聞かされているうちに、何となくできるような気になっていたワタシに、「そんなもんじゃない。間違ったことを信じちゃいけない」と、はっきりそう言ってくれた。タバコが切れても、けしてワタシの手からセブンスターをもらうことはしなかったその人は、いつも顔をしかめながら、ショートホープを深く吸い込んでいた。

社会に出てきたばかりのワタシに、単語をつなげただけの短い言葉で、いろんなことを教えてくれた。keiが切迫流産で緊急入院したときも、仕事中でどうしていいかわからず、ただおろおろしていたワタシに、「早く行ってやれ」としかりつけてくれたのも、その人だった。その彼の愛機は、Ⅲ型のRG250Γ Walter Wolf仕様。蒼白い煙をたなびかせる、その後姿がなつかしい。

<つづく>