至福の時

少し冷たい風の吹く中、シロとネロを連れて、あぜ道へと歩き出す。くすんだ光を点す街灯の下を過ぎると、辺りは暗く静まり、見上げる北西の空には三日月がにじんでいる。昨日まで井戸から汲み上げられる水音しかしなかった田んぼにはもう、グエッグエッとひっきりなしに蛙の声が聞こえる。春の陽気にゆるんだ水、すっかり目が覚めたらしい。彼らの住処には、すぐに緑色したひげのような苗がきれいに並ぶんだろう。ヘルメットを脱いだ瞬間、鼻腔をくすぐる湿った埃の匂いと、せわしない蛙の声。長いツーリングから帰ってきたときのことを思い出す。待ちに待った社会人の春休みが、もうすぐ始まる。今年はどこに旅しようか・・・この時間が、何より楽しい。