渋にて ~後編~

<11/22の続き>

「いやー、熱くて熱くて。熱くて入れないんですよ、すみません」

湯船に向かって遠慮がちに水道の栓を開放する父親。そして、小学一年生ぐらいだろうか、ぼやけた視界のなかで、仲良く湯船の縁にヒザを抱えて座り込んでいる。子どもには確かに熱い湯船に何とか老いたカラダを押し込め、二人に向かってにこりと笑みを作る。すぐ後から入ってきた父子連れは、小学校に上がるにはまだ早い男の子が父親の脚から離れようとしない。しかし、その父親の口車にあっさり乗って、皮膚に差し込むような熱さの湯船にカラダを沈める。思わず「偉いねー」とほめてやると、ゆっくり十まで数えてから、揚々とした振る舞いで脱衣所へと出ていった。もちろん、父親の脚を両腕で抱え込むようにして。

その子がちらり、湯船に立て膝で座るお兄ちゃんへ視線を向けていたのは、見覚えのある光景だ。こうなっては、いつまでも座り込んでいるわけにはいかないだろう、「そろそろ出ようか」と水を向けた父親に向かって、無言のまま、湯船に目配せを送る。「え、入るの?」と、驚きながらも、どこかうれしそうな表情を見せる父親、「そうだよなー。お前より小さな子が入っていたもんなー」と、けしかける出もなく声をかけると、覚悟を決めたお兄ちゃんが湯船にダイブした。その勢いに、思わず泣いてしまうんじゃないかを気をもんでみたけど・・・いらぬ心配だった。きっちり十以上カラダを浸してから、悠然と湯船から這い上がっていく。

二人のイクメンぶりと、短く交わした他愛のない言葉。そして、幼い子どもたちの、小さな意地の張り合い。どこか懐かしくもほほえましくて、渋の湯に浸かりながら、幼いryoと過ごした日々を思い出していた。