ヒビキ 3

「空前のバイクブーム」というのは後からわかった話で、そのまっただ中中にいた時分は、ごく当たり前にバイクに乗って、近くの峠を走り回り、まだめずらしかったファミレスのドリンクバーだけを頼んで、出来もしないバンク角に、ひたすら熱を上げていた。そんな話の輪の中にヒビキを見つけることはもちろんなくて、素知らぬ顔で囲みの外、女友達と音を立てて笑っているのがいつもだった。彼女たちには彼女たちだけの密かなブームが、その時あったのだろう。

ちょっと走ってくる――「どこに行くの?」と後ろから訊かれて、素直にそう答えた。たばこの煙が目にしみて少し潤んだ瞳に、ヒビキの赤い頬が映る。走ると言ってもバイクだからと告げると、片目をつぶって「後ろに乗せていって」と笑った。すぐに仏語を専攻する友人からバイクのキーを預かると、二人、駐車場へと下りていき、ホルダーから外したARAIをヒビキに渡して、友人のマシンからSHOEIを抱えて戻ってくる。RZ250の向こうに、ヒビキの長い素足が覗いていた。

<つづく>