8時26分発こだま

「浜松ならひかりがあったかもしれませんね」

名古屋行きのこだま、3列シートの窓側に座ったワタシの横には、ブリーフケースにカーキ色したティンバーのマウンテンパーカーが被さるように置かれている。二人連れに気づき、あわてて投げ出した荷物を手に取ると、彼女の方が申し訳なさそうに「いいんですか」と訊いてきた。良いも悪いもない。ここは自由席だ。空いてる席を選ぶ権利は、自由席特急券を手にした誰もが持っている。「どうぞ」と手招きをすると、後から大きなスーツケースを転がしてきた彼が「ありがとうございます」と、軽く頭を下げる。新幹線に乗るのが初めてだという二人と、行き先の浜松になつかしさを覚えて、つい世話を焼いてしまった。

「そういうこと、何も知らないんです」とはにかむ彼女に、反対側の2列シートを指さし、「向こうだと富士山が見えますよ。ちょうど新富士の辺りがいちばん大きく見える」と返すと、二人揃って小さな窓をのぞき込む。背もたれのテーブルを最後まで引き出せず悩んでいる姿にも、思わず手が出てしまう。すぐに社内アナウンスが流れ、こだまがゆっくりと東京駅のホームから離れていく。ビル間から朝のヒカリが差し込み、左肩がじんわり暑くなる。彼女の左の薬指には指輪がない。こんな若いカップルを惹きつける何かが浜松にあるというのか。日除けを少しだけ下ろして、静かに目を瞑り、社会人一年生を過ごした街を思い出していた。