南の風に吹かれながら

エレベーターホールに降りて、少し重たい硝子戸を右手で押し開ける。左に折れて通りに出るまでのわずかな路は、すっかりビルの陰に隠れてしまっていて、どれだけ待っても陽が射すことはない。朝、ここを歩いたときはまだ、足元のタイルが固く冷たかったはずなのに、今はやわらかに、そよ吹く風につつまれている。「お昼には桜の咲く陽気になります」と可愛い笑顔が話していたとおり、肌を刺す北からの風は、南海を渡ってきた風に追いやられて、ビルの間からのぞく空にも、いつしか青が広がっていた。

午後の仕事を思いつつ、春の風に胸を張っては、大きく歩いていく。万事風向きが変わってくれれば、それでいい。そのうち梅も桜も、咲くはずだからと。