エンスト、水浴び、前回り 5(完)

乾いているはずのものが濡れていく、そのやるせなさ。

いつの頃からか、その感触を楽しむココロも失くしていた。雨上がりの河川敷、道幅いっぱいに広がった水たまりに向かって嬉々としていたのも、遠い昔のことに感じる。雨の日のレースも走らなくなった今では、高圧洗車機でマシンの泥を落とすときですら、足下が濡れるのを嫌がる始末。右脚から半身を水に浸けながら、いったい楽しく走れているのか、だんだんわからなくなっていた。

そんな思いを断ち切るように、泥水に片足を突っ込んで、アップサイドダウンのままのRMを押し上げてくれたのは・・・ワダチを刻んだ一人だった。迷うことなく走り寄ってくれた派手なウェアに「ありがとう」と短く言葉を伝え、泥にまみれた右手を、黒土がたっぷり塗られたグリップに添えて、シートに跨がる。モトパンから染み出た褐色が冷たくサイドカバーを伝い、路面に垂れて落ちる。

このすぐ後に、この同じコーナーでもう一度、今度は派手に前転することになるとは・・・サイレンサーから真っ白な煙が消えてなくなるまで、十分に空吹かしをして出て行くワタシに、誰も教えてはくれなかった。

そして、今度は一人マシンを起こしてパドックに帰ると、思うようにいかないもどかしさを、もう笑うしかない大人がもうひとり、そのRMを待ってくれていた。

杉林に陰る午後のパドック。二人の声は風に乗り、空の青へ溶けていった。