16インチという名の媚薬

道端の緑が揺れることもなく凪いでいるはずの夕暮れに、突然真横から風がぶつかったみたいに、車体ごとBongoのハンドルが左に持っていかれた。それは、ひび割れたアスファルトにタイヤが沿って走っているだけ、たしかに風なんて吹いてない。細かな隆起とへこみまで漏らさず全部拾い上げて、それを鈍くなったパワステのハンドルへと伝えてくる。その異常なまでの過敏さに、遠い昔の記憶が呼び覚まされる・・・。

交差点をただ左に曲がるだけで、ヒザが路面をこすり、コーナーリングに酔えていたあの頃。まだカラダを内側に落としてもいないのに、フロントタイヤが勝手に切れ込んで、勝手にコーナーを切り取ってはまったく起き上がる気配を見せないマシンがあった。「あて舵」なんて余計なものが染みついたカラダに、すいぶんとキテレツな個性だった。ほとんど転倒する直前、ふいに車体を起こした借り物のマシンは、そこからレブカウンターの針を一気に跳ね上げる。初期型のSUZUKI GSX-R。フロントに16インチを履くイカれた、いや何ともイカした奴だった。

デタラメと紙一重のマシンが闊歩していた時代。後ろのシリンダーがよく焼き付く3気筒の2ストロークなんてのも走っていたっけ。リヤが18インチで、極端に前につんのめったようなマシンも、いつしか前後17インチに落ち着いて・・・あまたの綺羅星たちは、西からの風に吹かれて、ついに見えなくなってしまった。今、落ち着きのないBongoのYOKOHAMAが、あの頃のマシンのようにアスファルトを楽しませてくれている。