気分は上々

見知らぬ青年がスターティンググリッドのはるか前に立ち尽くす。しばらくい手に下げていたボードを両手で掲げると、第1コーナーの左バンクの端に、15の文字が重なり映った。瞳を静かに閉じて、ひとつ大きく息を吐く。少しだけ引かれた右手に、ばらつきは消え、連続した排気音が真後ろの山肌に向かい伸びていく。

「息をするのを忘れるな。息は吸うんじゃない、吐けばいい。吐けば必ず吸うから、息は止まらない」

昔、誰かに教わったようにしてから瞳を開ければ、ボードがめくれて、5に変わる。左手でレバーを握りしめると、エグゾーストノートが瞬間高ぶり、左のつま先でシフトペダルを踏みつけると、エンジンがひとつ身震いしてまた大人しくなった。ペダルを蹴り上げようとして思い直したのは・・・2速スタートで成功した試しがないからだ。

ほんの少し左の指の腹を離して、尻にチェーンの張りを感じたところで止めて、スターティングバーを支えている丸いピンに視線を落とす。赤錆に午後の陽射しが宿り、そこから斜めに影を落としている。止めていた息に意識が遠くなりかけた頃、いきなりピンが動いて、バーが手前に倒れた。

<つづく>