六月はなやぐ木曜日

雨は夜のうちに止んで、アスファルトの水たまりも小さくなっている。かすれた空の雲間を朝の光がうっすらと照らして、肌にしっとりした空気が触る。いつもの地下鉄に乗り込む人の波は、誰も雨傘を手にしていない。

10人がけの座席の、ちょうど真ん中あたりに腰を下ろして、読みかけの文庫本を取り出す。「ジヴェルニーの食卓」。原田マハを初めて読んでいる。そこにはパリの色と光と匂いとが、マリアの声で綴られている。

欧州を旅したことはないし、絵画に造詣が深いわけでもない。もちろんパリなど、たまの映像で眺めるくらいのものだ。それでも穴ぐらの中、薄暗い車内でうつむく視線の先、手のひらに収まったパリのアパルトマンは陽光にきらめいている。そして周りには、花の色を浮かべて川が流れ、若い笑い声が耳にそよいでいる。

午前中には陽射しが戻り、梅雨は早くも晴れ間を覗かせるという。しばらくして地上へと出て行く頃にはもう、色気のない都心の景色も、色づいているだろうか。