2018 夏

「じゃあ、お先に」

「ほな、気ぃつけて」

どこまでも青い空の下、パーキングの焦げたアスファルトから、1台のレトロな4気筒が駆け出していく。肘を曲げたまま、広げた左手を海風になびかせる。両袖を断ち落とした革ジャンの、その背中が逆光の中、黒く小さくうごめき、つながる左ベントに向かい、肩から右へと落ちていった。

白い破線の先まで排気音を見送っていたもう一人の影が、シルバーメタリックの愛機の横に戻ってきた。SUZUKI GSX1100S。ドイツデザイナーの手による希代の名機は、カタナという別の名を持つ。煙草に火を点けるのを諦めてゆっくり空を仰ぐと、ミラーにかけたヘルメットに手を伸ばした。

空冷の並列4気筒は、オリジナルのマフラーから静かに音を吐き出しながら、さっきの彼とは反対の方向へと出て行った。富山県氷見市。海と立山の遠景に恵まれたここは、北陸能登半島の東の入り口になる。東と西のライダーがひととき走りを止めて、言葉を交わし、また離ればなれに走り出す。

空冷のデスモドロミックで能登を巡ったのは2005年の5月。それが最後のロングツーリングになった。丸いハンドル越しに二つの影を送りながら、ハイウェイを長い時間転がせる単車にまた少し、乗ってみたくなった。