或る日の母子の事情

右から左から、ひっきりなしに行き交う車のわずかな隙間をめがけて、真っ赤なランドセルが押し出された。勢い駆け出した小さな体が、通りを渡り終わってすぐ、右手を高くかざしながら後ろを振り返る。その瞳には、冬の朝のやわらかな光を浴びて、肩の先に垂れた金色の髪が揺れていた。

見送られるはずがいつまでも立ち尽くして、ただ、その後ろ姿を見送る。目の前を車が通り過ぎていくたびに、その背中はだんだん遠く小さくなっていって・・・・・・路地を曲がるまで、一度も振り返らなかった。ようやくかざした右の掌を静かにすぼませて、ランドセルがゆっくりと歩き出した。

いつまでも見送った姿を彼女は、一度も忘れることはなかった。