那須の夜

晴れた冬の夜。窓の闇に星が瞬いて、高原が冷たく沈んでいる。

ホテルのロビーには、夕餉をすませた泊まり客が何組も集まり、ベロア調の椅子に深く腰を下ろしてグラスで唇を濡らしながら、僕の知らない英語の歌を口ずさんでいる。チェックインの時には気づかなかったグランドピアノとドラムセットがスポットライトを浴びて、その前でマイクスタンドに向かい、みんなよりも少し上手に下唇を噛んで、ギターを弾きながらloveと叫んでいる男の人は、薄い髪に白いものが混じっている。

僕の隣にはパパが座って、ひとつ椅子を挟んで、その横にママ。そして、丸いガラステーブルの上には、グラスが三つ。アルコールが苦手なママは、僕と同じグラスに、甘いオレンジジュースを入れている。それよりも小さな、お皿を返したようなグラスに、もっと濃い橙色の液体を入れたパパは、そのグラスを元につけたまま、ゆっくり傾けては喉を鳴らして、また傾ける。

まだ出入りする人が居るみたいで、時々、開かれたドアから足下に冬の夜が風になって、素足の肌に触れていく。そのたび、パパと顔を見合わせるけど、パパは口元をゆるめて笑うだけで、またテーブルからグラスを持ち上げて、ドラムの叩く音に合わせるように、立てたつま先を上下に踊らせ始める。食前酒だけで頬を赤くしたママが、そんなパパの横顔に、目を細めている。パパとママは、僕の知らない時を思い出しているみたい。

テーブルの上で、キャンドルライトが揺らめき、二人の夜を窓に映していた。