晩春の候

風が足下を撫でつけていく。空は鈍色にぼやけて、通りを往くワゴン車が車体を揺らして、重たそうにアスファルトを抜けていく。ベビーカーを押し歩く姿が、車道とは反対側、南欧を思わせる造りをした家の壁に寄り添うのは、きっと夕べのTVニュースのせいかもしれない。目の前から迫るロードノイズに、ロングスカートから覗いた素足が動きを止めた。

煉瓦色のざらついた壁にぶつかって、温い風は翻り、街路樹の芽吹いた緑がその軌跡をなぞるように揺れ動く。再び歩き始めた母が、通りに目をやりながら遠くの空を見上げる。風は変わらず、のんびりと吹いていて、街の輪郭もぼんやりとかすれたまま。昨日、青から射す初夏の陽光にまばゆく光った街は、ゆらりと迷い漂う、晩春の澱みの中にあった。

往きつ戻りつを繰り返して、季節は巡っていく。

そして春の風は色無く淡く、やわに吹いていく。