あの思い、再び。

パドックで手を抜く自分を呪い、低く短いテーブルに向かってまた、左の人差し指が動く。

斜面にかかってようやく、軽く引かれたクラッチレバーに2スト85ccが吹け上がり、リヤタイヤが勢いエッジを蹴りつける。そのままフロントタイヤは天を仰ぎ、RM85Lの黄色い車体が褐色へと落ちていく。フープスにつながるテーブルは跳ばずにいなして、下り斜面から左へとマシンを傾け、リヤタイヤの機嫌を損ねないぎりぎりのところに、右手を固定する。ラインを捉えたリヤタイヤが、まっすぐ上にマシンを押し出せば、フープスが残る4つのコブに変わる。そこから後は惰性のまま。浮き上がった砂が撒き水を吸い込んだインサイドを避けて、アウトバンクの縁、固く乾いた曲線をたどり、回り切る少し手前で、右腕のすべてを使ってスロットルを絞り上げる。半拍遅れて駆け上がる回転数に、リヤタイヤが左へ派手にスライド。直線で転倒する場面に出くわすのは、いつもこのインフィールドだ。

いつか見覚えのある光景。グレーに光る背中が、小さく最終コーナーを翻り、その後ろを必死になって追いかける。ホームストレートを斜めに切り取り、迫る右コーナーを、インサイドの轍に当てながら、のんびりと立ち上がる。いつもならまっすぐに軌跡を残すはずの、その右コーナーから伸びた勾配のあるストレート。肝心の大きなバンクにべったりと散水されていては、そんな得意なラインもたどれない。不機嫌になるRMのエンジンを左の指先だけで揺り起こして、MX408と描かれた土色の壁を見つめる。絞りきったスロットルは全開の位置で止まったまま。無理やり左の足先だけでギヤをひとつかき上げて、走り抜ける、前の周回よりも大きくなるCRF15ORⅡの後ろ姿に気をよくして、408コーナーから思いっきり駆け下りた。路面に残る砂塵が、その気にさせてくれる。二つめの坂を頂点の手前で折り返すと、短い勾配の先に、急ごしらえの逆バンクが現れる。

坂の途中から惰性で落ちていき、フロントブレーキに触れた人差し指が、一気にパッドをディスクに押しつける。フロントタイヤに砂煙が絡み、ほとんど止まってしまうRM。そのフロントタイヤを、右の山肌ぎりぎりに刻みつけられた轍に、導いてやる。まったく張り合いのないこのコーナーを、ただ他のマシンはみな、きれいに立ち上がっていく。そう、4ストの150だけじゃない。ヤマハカワサキの2ストローク達も、よどみなく流れるように抜けていく。倍の時間をかけて黄色い車体が、その後を追う。そして、立ち上がり。その黄色い車体はまた、一瞬不機嫌に排気をくぐもらせては、半クラッチにリヤタイヤを暴れさせて、文句を言う。林の中、暗がりをSの字をなぞらえるように降りていけば、またあの短いテーブルが見えてくる。そのてっぺんのはるか上、青く晴れた西の空に、太陽はゆっくりと傾ぎ始めていた。