アノ夜ニ、サヨナラ

明けの三日月が藍色の空に白く傷を付けている。ネロが何度も何度も、後ろを振り返る。そのたびに体を引かれて、かざした右の手のひらの中、スマホのレンズは焦点が合わず、小さな被写を仰ぐ林の静けさは、うっすらとにじんだまま。あきらめて歩き出す黒い小径に、聞こえるのはネロの爪音だけ。二つ三つと進めば止まり、また後ろを振り返る。そして、明るいひとつ星が、夕べと変わらず、見上げるその横に、ゆらゆらと光っていた。

いくら声をかけても、名前を呼んでも、黒い瞳を見せることはなく、ただ四つの足を伸ばして横になっているだけ。どんなに強く揺すっても、体をさすっても、起き上がることはない。それなのに、触れた手のひらには、しっかりと温もりが伝わってくる。夜の散歩から帰ってからはずっと、寝しなに呼びかけても、玄関に顔を向けたままだったのは・・・・・・きっとタロがひさしぶりに降りてきたのかもしれなかった。

生まれ落ちてすぐ、この家にもらわれてきた時、小さくて真っ白だった。それがそのまま名前になって、ミロを失くしたタロの大きな心の穴を、一会できれいに埋めてみせた。食べることに困ることもなく、雨風に打たれて丸くうずくまることもなく、天真爛漫に、すくすくと家の中で大きくなって、気づいたときにはもう、秋田交じりのタロと変わらない体になって・・・・・・でも、気持ちは幼く、真っ白で素直なままだった。

バカが付くほどまっすぐな幼さと、それとは釣り合うことのない大きな体が、ネロに恋をして、タロを見送って・・・・・・旺盛な食欲とどこまでも走り抜けていく健脚は、永遠だと思っていた。それが二日三日と口も付けず残すようになり、後ろ脚には力が入らなくなってしまった。それでも夕べは残り物のほっけをぺろりと平らげ、夜のおきまりの散歩コースを、変わらずネロと一緒に歩いていたのに・・・・・・。その夜のデジャヴの中、シロの背中だけが映らない。

でもバカだから・・・・・・。

自分が息をしていないのもよくわからないまま、後ろからゆっくり歩いてきているのかもしれない。「待ってよ、ボクここにいるよ」。夜明け前、冷たい風にまた、ネロが後ろを振り向いた。