コツメちゃん

丸く切りそろえた小さな爪先が、黒い画面にカツカツと音を立てている。振り返ると、右と左の親指を自在に動かしながら、真ん中のスマホに文字を打ち込む女性が一人。淡い桜色をしたコートの背を常磐線の扉にもたれかけて、黒いタイツを足下から細いつま先とヒールにのばしている。

千葉県柏市。高校時代を過ごした街に舞い戻って、派遣勤めをしていた頃がある。それももう三十年も前のこと。そのときにも、こんな可愛い爪先を不乱にキーボードに走らせていた子がいた。「コツメちゃん」と呼んで親しくしていたその子は、しばらくして見合いをして、山梨にある小さな村へと嫁いでいった。

春色の肩越しに車窓から陽光が射し込み、座席で目を閉じたサラリーマンの顔を、笑っているかのように明るく照らす。窓の外に流れる桜木は、つぼみを紅く膨らませて、画面から離した視線が、その季節の刹那を追いかける。この週末は見頃になるという桜の季節なのに、唇は白いマスクの下にある。

いつか、今日のこの日を思い出すかもしれない。「ああ、そんなこともあったね」と、コツメちゃんを思い出して笑いながら。