五月の夏

 五月、晦日。まっすぐ遠くのシグナルが赤に変わったのとほとんど同時に右手を返して、左手がクラッチレバーを握り込む。バックミラーに映るのは、軌跡のように走るイエローのラインだけ。田圃を突き抜けるアスファルトには、誰も居ない。

 信号待ち、風が止まる。だらりと下ろした右足の先、乾ききったアスファルトにはバーハン、ブレーキレバー、そこにかかった指先、ハンドルグリップから延びたスロットルワイヤーが、そのまま黒い影になっている。水を引かれた田圃で、鴉が蛙を餌食にしていた。

 シグナルが青に変わり、また走り出す。交差点を左折してきたステーションワゴン、前を走るそのバックウィンドウを太陽が射抜く。網膜が赤くしびれるほどの光。落ちる影はすべて、すっかり小さく黒く隠れてしまう。暦を待たずに、早すぎる夏が来た。

 色の抜けた街並みが風に揺れる。迫るシグナルは青、続くケヤキの並木を、低い回転数のまま駆け抜ける。残念なことにこのマシンに、レヴカウンターは無い。アスファルトのイエローラインが、緩く弧を描きながら、大きな陸橋でハイウェイを越えていく。

つづく