五月の夏 5

 いくつかのコーナーを過ぎて、短いフラットな直線が現れた。それでもセンターは黄色いまま、登坂車線もゆずりあいのスペースもない。反射的に対向車線へ出ようとする車体を、理性がためらい引き戻す。一気に詰まるトレーラーの鈍色。その黒ずんだコンテナがいきなりウィンカーを落として路肩にすり寄った。

 躊躇して戻していた右手でグリップを捻り、その横に出る。そして、ウインカーを落としてから、左手で合図を送り、前に出た。短いクラクション。悪くないコミュニケーションに頬がゆるむ。濃い緑に単気筒がさざめき、傾斜をたぐり寄せては迫るカーブ。風が一気に涼をまとい、わずかばかりの登山行を思い出した。

 少しざらついた面、小さな左アールに軽く右の手の甲を返しただけで寝かし込み、また右手を引く。するすると黒いアスファルトをさかのぼるTricker。続けざまの右カーブは、緑の向こう側に隠れて見えない。加減速の振幅は穏やかに、いよいよ道が空へと突き抜ける。標識をくぐると、道が緩やかに下り始めた。

 クラッチレバーに指を添えて、ギヤはニュートラル。イグニッションキーをOFFに倒して、下り斜面を惰性に任せる。ゴーグルを掠める風音とタイヤがアスファルトをすべるノイズ。即席のグライダーに聞こえてくるのは、わずかばかり。そして、その風は、山の静けさをめぐり出す・・・・・・唐突に現れた法面工事で止められるまで。

 下がった高度と凪いだ風の中、片側交互通行の先頭でデジタル数字を眺めている。54、53、52・・・・・・谷筋から単騎、バイクが近づいてくる。四輪では届かないビートがこだまして、真っ先に姿を見せたのは、Tricker。同じキャンディオレンジのライダーと、一瞬、視線が絡み合う。レトロな気分で見上げた空に、入道雲が広がっていた。