十五夜~番外編

夕べ、薄く名月を隠していた雲が、明け方近くになって通りにまだらの染みをつけていた。171年ぶりを数える「後の十三夜」は、真夜中に一瞬、その雲を透かすように姿を映しただけ――ならば、まだはっきり憶えている月の満ち欠けの夜の話を少し――。

浅草六区に建つ「ドンキホーテ」。歌トモの待つその6Fに向かい、「すみだリバーサイドホール」の足下を小走りで抜けていく。予定よりも30分早く届いたメールには、「着きました」と一言だけ。カテーテル手術を控えた歌トモの体調を気遣って、わざわざ30分遅らせたはずの集合時間は、結局元どおりになった。隅田川を渡り浅草へ。スマホを片手でかざす人の群れをジグザグに避けながら、吾妻橋の上、足を止めて振り返ると・・・わずかに黄色がかった月が、スカイツリーの真横に円く浮かんでいた。

いつもより短い2時間の“歌会”は、ちょうど月食の時間と重なった。34――何か期待できそうな番号の部屋に入ると、よく晴れた東の空にスカイツリー浅草寺が並んで映りこんでいた。窓のついた部屋に通されるのは初めてだ。持っている運が強いのか、それとも歌トモの計らいか。覚えたての一曲を披露し終わると、粋な淡青色に彩られたスカイツリーの左手で、月が下から欠け始めた。

数曲歌うたびに、二人で窓に近づき、外を覗き込む。半月は、やがて三日月に変わって・・・赤みの差した満月のかけらが、スカイツリーのアンテナのずっと先に、ぼんやりと昇っていった。歌トモのバラードをBGMに、しばし空を眺める。そして、地球の影にすっかり入りこんだ月は、薄く張った雲にくるまれ溶けて、そのまま見えなくなった――漆黒の空に吸い込まれてしまったように。