2018-01-01から1年間の記事一覧

Doctor Doctor

夕べ遅くの枕元から目が覚めるまで、そしてこうして地下鉄の満員に揺られながら、ずっと同じフレーズを飽きるまで聴き続けるのは、洋楽を始めて知った頃から変わらない。そんな変わった癖のまま、こんなに年を食ってしまった。窓に移った自分は、あの頃着る…

あれから・・・

「ネロちゃんは元気?」 旧いMX408をよく知る顔が二つ、目の前に並んで、犬を連れた一人が、そう話しかけてきた。いつもは成田にあるコースで走っているというカレは、相変わらずスズキのフルサイズに跨がり、遠い記憶に目を細める。 「コイツ、新型なんだよ…

気分は上々 8(完)

<4/11の続き> 弱気な背中はうまく消せているだろうか。 シートに腰を残したまま、右肩から上半身を、カーブの内側に落とし込む。気持ちが悪くなるほどのリーンイン。ロードバイクに乗るときの影が出始めて・・・背中に焦りがにじんでいないことを祈りなが…

長い休みのその後で

都心に向かう地下鉄の、長い車両の真ん中に腰を下ろす。読みかけの文庫本に挟んだしおりを手にページを開く。短編の連作は直木賞を穫った作品で、ちょうど幕の切り替わるところだった。ゆっくりとページを繰り、話が進むごとに席は埋まっていき、吊革につか…

夏日のデュオ 3

<4/27の続き> カン高い排気音を細くまき散らして、KX85が弾んでいく。 走り出すまで「うまく走れない」と涙を流していたはずなのに・・・先生のCRF150RⅡを交わしたのは、ほとんど走るマシンのいない、きれいなインサイドだった。先生よりも小さな背中を先…

夏日のデュオ 2

<4/25の続き> 背中の視線に力の入らなくなった右手を諦め、左の人差し指と中指を引いては、落ち込んだ2ストローク125ccを呼び覚ます。瞬間、遅れた上半身がリアサスペンションを押し込み、傾いた路面からフロントタイヤがわずかに浮き上がる。第1コーナー…

夏日のデュオ

幼い教え子を引き連れて、背中の#148が土煙に飲まれていく。 カレの駆るホンダに、真っ赤なモトクロスウェアがよく合っている。真後ろには緑色の2ストロークが迫り、大きく弧を描いて、そのラインをなぞっていく。スモールホイールの巻き上げる浮き砂が、西…

気分は上々 7

<4/5の続き> 受付のあるコンテナの前、フィニッシュラインの引かれたテーブルトップに、「L1」と描かれたボードが翻った。オレンジ色のジャケット、mori-sanの右腕が、大きく大きく回される。その視線に、VFX-Wのバイザーを小さく上下させて、背中で音を聞…

気分は上々 6

フルサイズの長い脚に甘えていた体が、浅いギャップに深く叩きつけられる。 愛機のRM85Lなら、まだ我慢できるのかもしれない。ただ、この4ストロークの150ccは、いとも簡単にサスペンションが底をつく。それでも練習走行、予選、ヒート1と走り続けて、ようや…

気分は上々 5

<3/21の続き> 3つ目の右コーナーをすり抜け坂を駆け上がるまでに、もう誰も見えなくなった。 前に出たとたんにそれまでの勢いが消えてなくなり、両腕は何かを守るようにぎこちなくハンドルバーを動かす。一瞬、速いのか遅いのかがわからなくなって、コーナ…

気分は上々 4

<3/11の続き> 一気に右手がフルスロットル。 山砂を蹴散らして、ホンダエンジンがすぐに唸りを上げる。 ンババババババババ、バババ。 かまうことなくそのまま傾斜を駆け上がれば、727のゼッケンが目の前で翻る。真後ろに着けたマシンが居ること、それが同…

気分は上々 3

<3/7の続き> 「明後日」を向いたまま、集団から離れて加速を続けるCRF150RⅡ。ギヤが3速に入るとすぐにフロントタイヤがバンクの斜面を掴み始め、そこから右手の甲を返して人差し指でフロントブレーキレバーを握りしめる。鋭く切り返すでもなく、第1コーナ…

気分は上々 2

横に真一文字のスターティンググリッド。手前にきれいに倒れた赤茶色のバーを、爆裂音が塊になって越えていく。その左端、第1コーナーに向かって一番外に開いた位置から、黒地に緑のデカールに身を包んだCRF150RⅡが、一気に加速をはじめる。グリッドのアウト…

気分は上々

見知らぬ青年がスターティンググリッドのはるか前に立ち尽くす。しばらくい手に下げていたボードを両手で掲げると、第1コーナーの左バンクの端に、15の文字が重なり映った。瞳を静かに閉じて、ひとつ大きく息を吐く。少しだけ引かれた右手に、ばらつきは消え…

あなたは? 2

<2/24の続き> 木立の端からコースに入り右、左、右、左とコーナーをつないでいって、そこから一つコブを越えてビッグテーブルトップを跳び上がる。そして、インフィールドのストレートを短く駆けるまでは、たしかに湿り気の残った褐色がタイヤにうまく絡ん…

あなたは?

肩の下で捻れた右腕。薄いジャージとアンダーウエアが泥染みを作り、肌に濡れた冷たさを伝えてくる。SIDIのブーツのかかとはスイングアームに押しつけられて、動けないまま暗がりの林のすき間から、明るく光る西の空を仰ぎ見た。 「嫌いなモノは最後まで残し…

色褪せぬ時

ありふれた白いガードレールが時折きつくアールを描いては、複雑な海岸線をたどっていく。そのうねるような曲線に合わせて右に左にと切り返しているうちに、海は視界の遙か下に、青く沈んでいった。突き破ってしまえば助からないだろう高さにまでアスファル…

温もりの朝

薄く雲の張った空に、ほんのり水色が透けて見える。ふらふらと浮かび上がった太陽は、その雲の向こうに大きくにじんで、アスファルトにぼんやりと影を走らせている。誘う春の気配に枯れ色の林はそよぎだし、つかの間、田園の眺めがやわらかく震えた。見るも…

光と陰と 5(完)

<2/5の続き> よろめきながら斜面をたどるCRF150RⅡ。その細く乾いた軌跡をなぞり、RM85Lのリアタイヤが短くリップを蹴りつけ、光の中へと着地する。その光が、カレのすぐ後ろにまで濃く長い陰を映す。その背中には、軽やかに伸びる2ストロークの排気音が間…

光と陰と 4

<2017/12/15の続き> 得意なところがまるで違う。 ここで詰まって、ここで離されて。それはあっちもわかっている。逆光に消えてなくなった直線が、右カーブの手前になっていきなり姿を映す。走り慣れた感覚だけで走るRMが、ここで一気に差を詰めて、左、右…

54×54の魅惑 7(完)

<1/7の続き> 左右のステップに立ち上がり、そのまま腰から上をハンドルバーへと折り曲げて、暗色に沈んだ直線を駆け抜ける。そして85ccマシンなら間違いなく拾っては弾かれる凸凹を、小さなピッチングモーションだけでやり過ごす。気を良くしてスタンディ…

雪上がりに

夜の闇を払うようにしていた白い風は、いつしか止んで、静かに朝が来ていた。雪はさらさらと漂うだけになり、開いたカーテンの先の枯れ木の山が、真新しい白さに包まれ佇んでいた。空にはゆっくりと青みが差していって、稜線からこぼれた朝日が、その山肌に…

妄想からの金曜日

ところどころ錆の浮いた朱色のボディが、鈍い光にたたずんでいる。田圃の真ん中に忘れられたように、二本の轍が、路肩からその後ろを蛇行しながら追っていく。掘り起こされた褐色からはやわらかく水蒸気がただよい、遠くまで地を這い延びている。その彼方に…

54×54の魅惑 6

<2017/12/20の続き> まだ両手に余る車幅をどうにか倒さず立ち上げて、コース再奥の暗がりへと誘うバンクに向かい、短くスロットルを締め上げる。その縁までいってから、尻を思い切り前に放ってガソリンタンクの上に落とし、右手でハンドルバーを地面へと引…